企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」。自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。
事業を成功させるのか、
事業を成功させる人を育てるのか
人材育成の担当者、特に企業内起業家を支援している方や、地域で起業家育成を担当している方々が、日々悩んでいることがあります。
それは、どこまで関わって、どこまで支援し続けたらいいのか、ということです。
「彼のやり方では、社内のコンセンサスを得られない」
「あの人は、経営がわかっていないから、放っておいたら事業を失敗させてしまうだろう」
と言って、手取り足取り、こういう時にはこうする、と細かく指示をしてしまいます。
そして、そうすればそうするほど、相手は自分で考えず、指示を待つだけになってしまうのです。
「それでは逆効果ですから、もっと、相手に任せたらどうですか?」
と、聞きますと、だいたい次のような返事が返ってきます。
「それじゃ、失敗してしまいます。あの人は、まだ未熟ですから、私が指導しないと駄目なのです。だから、成長してもらうまでは、手が離せないんですよ」
「しかし、今のような接し方では、自分で考えて行動するような人材に成長することはできないと思いますよ。これからもずっと、その状態が続いてもいいのでしょうか。それでは、まるであなたが経営しているみたいですよ」
「そうなんですよ! だから、困っているのです」
人は自分が困ってしまうような状況を、自らつくり出していることに気がつかないことがあります。
支援者自身も、すべての問題を解決できるような、経営手法やノウハウを知っているわけではありません。
ですから、その事業に深く関わるほど、多くの問題を抱えることになり、また、相手もますますこちらに期待するようになるために、支援者の悩みは増えるばかりになってしまうのです。
それにしても、どうしてこのようなことになってしまうのでしょうか?
先ほどの事例では、事業を成功させようとした結果、相手の成長を止めてしまったのです。
しかしその一方で、相手も成長してほしいと思っているという状況になっています。
つまり、相手に対して、こちらの指示したことをやらせようとして、しかも、依存させるような接し方をしてしまっているにもかかわらず、反対に自立することを期待しているのです。
これと同じようなことは、企業の中の人材育成でもよく見られます。
この状況を変えるためには、支援の目的を変えることが必要です。つまり、「事業を成功させること」を目的にするのではなく、「事業を成功させる人を育成すること」を目的にするのです。
それは、自分で考え、自分で道を切り開いていく、自立型人材を育成することに他なりません。
問われるのは、相手が未熟であるかどうかよりも、支援者がどこまで自立型人材を育成できるかということです。
また、私がこれまで、起業家を育成するための様々な行政等の委員会で、お話ししてきたことがあります。
それは、「起業家が困っている問題を解決しないでほしい、事業の支援をしないでほしい」ということです。
なぜなら、それらの支援をすればするほど、起業家を育成することはできなくなってしまうからです。
よく起業家を対象にアンケートを採ると、「資金不足」「販売チャネルの開拓」「信用不足」といった課題が、必ずと言っていいほど浮かび上がってきます。
その結果、資金を与えよう、販売チャネルを紹介しよう、信用を付加しようという政策がとられることになります。
しかし、これらの問題は経営に関わっている限り、起き続ける問題であり、一時的な対策ではどうにもならず、いつまでも支援し続けなければならなくなってしまうのです。
そうではなく、本当に必要なのは、次のような人材を育成することです。
・資金が足りない時には、自分の力で資金を集めることができる
・少ない資金でも、知恵を出して活路を見いだすことができる
・販売チャネルがなければ、自分の努力でつくり出すことができる
・日々の行動から、信用を一つ一つ積み上げてつくっていくことができる
つまり、大きな壁があって前に進めないという人のために、壁を小さくするのではなく、その大きな壁を自分の力で乗り越えていけるような人材に育てることが必要なのです。
支援者が考えなければならないのは、目の前の問題を解決することではなく、自分の力で問題を解決できるような人材を育成するための支援のあり方です。