余計な出費を極限まで減らす「ミニマム・ライフコスト」を徹底

 そんな1年後、ノルマのない楽な部署で自分を取り戻しつつあった筆者を、(後に生涯の恩人となる)元上司がなぜか拾い上げる。プロデューサーとして鍛えられ、彼のチームのサポートを受けて初のヒットを経験。人生で初めて体験する真のブレイクスルーである。

 素晴らしい上司と同僚、才能あるアーティストに恵まれた幸運に震えるほど感謝した。

 何よりも、それまでの自分なりの地味な積み重ねが報われたことが感動だった──それは、コツコツ書き留めてきた膨大なメモ、無数の失敗から得た知恵、デキる先輩から学んだ仕事術だった。

 それ以降は継続的にヒットを出すことができ、収入は増え続ける。会社員を辞める40歳目前の年収は、20代の約5倍になっていた。だがその間、浪費は一切せず、「学生時代+α」という生活レベルを維持。

 生活費を最小化すべく、会社に弁当と水筒を持参するなど100円単位で無駄遣いをなくした。服は古着、家具や家電は中古で、敷地内にお墓がある(いわく付きの)築40年以上という古い賃貸物件に住み続けた。

 車も中古で、修理不可と判断されるまで1台を乗り潰(つぶ)す。ボロボロの愛車を見た担当アーティストに「(生活は)大丈夫なの?」と心配されたこともあった(笑)。

 それは、余計な出費を極限まで減らす「ミニマム・ライフコスト」を徹底することで、減給されても、クビになっても生きていけるようにするためだった。

 もっと言うとそれは、恐れずに人生でリスクを取って妥協せずに仕事で挑戦し続けるためだった。

「自分にしかできない心躍る仕事」「本気で惚れ込んだアーティスト」以外は引き受けない

 ヒットメーカーと持ち上げられても、「ラッキーでした!」と答え、そのたびに「人と運に恵まれている」と自分に言い聞かせて気持ちも仕事もリセットして初心に帰り、ゼロベースで次のプロジェクトに挑む。

 あの過去の痛い経験を忘れず──どんなに魅力的な仕事のオファーを受けても、「自分にしかできない心躍る仕事」「本気で惚(ほ)れ込んだアーティスト」以外は引き受けない

 実際に、他社のビッグアーティストや、国民的アイドルのプロデュースをお断りしたこともあった。管理職に引き上げられても、「自分には向かない、組織にも貢献(こうけん)できない」と降格を直訴(じきそ)して、現場に戻ったりしていた(その後に出会う才能ある無名の新人2組が大ブレイクし、ヒット量産という奇跡を体験することになる)。

 そうやって、収入への依存、余計なプライドや過信、不相応なステイタスや肩書といった大荷物を背負うことなく、筆者は自由に働き続けることができたのである。

 自分の「身の丈」を知り、身軽なままでいられたからこそ、「今が勝負!」の時は思い切ったことに挑戦できた

 仕事が難しくなるにつれワクワク度が高まり、それに引っ張られるように生産性と創造性が向上していく。そうするうちに、継続的にいい成果を出せるようになっていた。

ただひたすら「快適な身軽さ」と「心地いいペース」のままロングスロー・ディスタンスを続ける

 ビッグヒットが出ようが、年収が増えようが、称賛されようが関係ない。さらに好景気やバブル、金融危機やインフレといった社会動向にも動じない。

 足るを知り、身の丈を忘れず。ただひたすら「快適な身軽さ」と「心地いいペース」のままロングスロー・ディスタンスを続ける

 そうやって小さな歩みで、小さな成果を重ねていると、おもしろいことに必ず「大きな波=チャンス」が巡ってくる。その波に乗ってしまえば労せず高い山に登頂して「大きな成果」を手にできる。

 これは筆者が実際に体験していることであり、多くの著名な経営者やアーティストが同じようなことを語っている。

 この「循環」に入れば、こっちのもの。

 遂には、あなたの想像をはるかに超えた、とんでもないビッグウェイブに遭遇し、さらに「大きな山=ブレイクスルー」に導いてくれるからだ。

小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くためのただ一つの道

 あの大きな山の頂からの震えるほどの絶景を、あの感動を、1人でも多くの方に体験していただきたい。そんな思いに背中を押されたことも、『超ミニマル・ライフ』執筆の大きな動機となった。

 1日で登れる山からの見晴らしも素晴らしい。

 だが、一歩一歩を重ね、何日もかけて歩き続けた後の、大自然の奥深くにある山頂からの景色はもっと美しい。

 そして、1つの高い山を登頂するより大小さまざまな山が連なる山脈を踏破できた時の達成感こそが、圧倒的に神々しいことを知っておいてほしい。人生も同じということは説明不要だろう。

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くためのただ一つの道だと思っています」

 尊敬するイチロー選手のこの言葉を、「やってみよう」と小さな決心を胸に抱くあなたに贈りたい。

(本記事は、『超ミニマル・ライフ』より、一部を抜粋・編集したものです)