私たちには、ポジティブな情報よりもネガティブな情報を重視してしまう「ネガティビティ・バイアス」が備わっている。イェール大学の心理学教授であるアン・ウーキョン氏は、「その影響はお金に関する決断にも及ぶ」と語る。彼女の著書『イェール大学集中講義 思考の穴──わかっていても間違える全人類のための思考法』では、さまざまな認知バイアスが人にどのような影響を及ぼすかを解説している。認知バイアスは、その使い方によっては、人を思った通りに動かすこともできるようだ。本記事では、本書の内容をもとに、認知バイアスを考慮した話し方について解説する。(構成:神代裕子)

思考の穴Photo: Adobe Stock

人は、損失を回避しようとする

「私がコインを投げて、表が出たらあなたに1万円を渡すが、表が出たらあなたが私に1万円支払わないといけない」。

 そんなゲームを持ちかけられたとしたら、あなたは参加するだろうか? 筆者はきっと拒否する。実際、ほとんどの人が参加したがらないという。

 もう少しゲームの条件を良いものにして、何度かこのゲームを繰り返せば最終的には平均してプラスになるような設定にしても、参加する人はほとんどいないのだそうだ。

 なぜなら、人には損失を回避しようとする「損失回避」の心理が働くようになっているからだ。

 本書の著者であるアン・ウーキョンは「損失は獲得よりもはるかに大きな存在感を放つ」と語る。

一度得たものを手放すのは痛みを伴う

 同じ理屈で、人は持っていないものを得られなくてもさほど影響はないが、一度与えられたものを失うことには強い痛みを感じる。

 たとえば、「結果を出せば4000ドルを支払う」と言われる場合と、最初から4000ドルが与えられていて、「年度末に結果が出ていなければ4000ドルを返さなければならない」という場合だと、後者の方がモチベーション高く取り組むという実験結果もあるそうだ。

 どちらにしても、得られるのは同じ4000ドルなのに。

 そんな提示をされた側は気持ちよくないが、それくらい人は一度得たものを失いたくない気持ちが強いというのがよくわかる。

人を動かす話し方とは?

 この損失回避の心理を活用した営業術がある。本書内で挙げられた事例は次のようなものだ。

 たとえば、あなたが車を買おうとしているとする。車種も色も決めて、カーディーラーを訪れる。

 すると、ある販売員からオプションについてさまざまな質問をされる。

「ブラインドスポットモニターはどうするか」「ステアリングアシスト機能は必要か」といった具合だ。

 車両本体の価格は2万5000ドルだが、オプションXは1500ドル、オプションYは500ドルというように、さまざまな機能を追加できる。そして、その販売員は、この機能を追加すると快適さや安全性がどう増すかを熱心に説明するだろう。

 つまりあなたは、機能をプラスするかどうかを判断していかなければならない。

 一方で、別のディーラーのやり手販売員は、正反対のアプローチを取るのだそうだ。

 まず、すべてのオプションをつけた3万ドルのモデルを提示する。

 そのうえで安全性を高めるオプションXを諦めるなら、価格は2万8500ドルになり、縦列駐車をサポートするオプションYも取れば、2万8000ドルになる、と説明する。

失う機能を顧客自身に選ばせるように仕向けるのだ。これが、顧客の損失回避のスイッチを押すことになる。(P.219)

 1990年代にこの例と同様の状況でどうするか実験したところ、後者のように外したい機能を選ぶよう指示したグループの方が、獲得を強調されたグループより800ドル以上高い価格を支払ったのだそうだ。

 同じことでも話す順番を変えるだけで、相手に与える印象は大きく変わる。これはビジネスだけでなく、日常生活を含むあらゆるコミュニケーションにあてはまる。

 大事なことを話したり交渉するときは、「人はネガティブな情報に過剰反応する」「一度手にしたものを手放すことを過剰に避けたがる」とう認知バイアスを意識して、話す順番を慎重に考えたほうがいいだろう。