岸田文雄首相が所信表明演説で「経済、経済、経済」と連呼したことが話題を呼んでいる。この演説に対する代表質問で、立憲民主党の泉健太代表は、国民が望むものは「給付、給付、給付」だと主張するなど論戦を繰り広げた。だが、岸田首相の「新たな経済政策」も、泉代表が主張する「給付」も、いずれも対症療法的な「バラマキ」にすぎない。なぜ野党による代案は面白みや斬新さを失ったのか。歴史的背景を踏まえながら解説する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
岸田首相の「経済、経済、経済」は
英ブレア元首相へのオマージュか
岸田文雄首相は、10月23日の国会における所信表明演説で「経済、経済、経済。私は何よりも経済に重点を置いていく」と訴えた。
思い返せば、英国のトニー・ブレア元首相も、首相就任時の演説(1997年5月)で「私には実行したい政策が3つある。それは教育と、教育と、教育だ」と述べていた。今回の岸田首相の演説は、それに倣ったのかもしれない。
しかし、いくら言い回しを似せても、両者の思想や歴史的背景は大きく異なる。岸田首相はそれを分かっているのだろうか。
ブレア元首相は労働党を率いていた際、過去に労働党が行ってきた「手厚い福祉による弱者救済」から路線を変更した。「訓練や教育による能力向上」によって雇用機会を拡大し、弱者を自立させることを目標としたのだ。
また、ブレア元首相は「ニュー・レイバー(新しい労働党)」を提唱。旧来の労働党の「社会民主主義」路線と、ライバルである保守党が打ち出していた「新自由主義」路線を部分的に組み合わせた。
資本主義と社会主義の長所を生かし合い、短所を補うという思想は、当時としては斬新だった。その一方で、岸田首相の「経済、経済、経済」には、どんな新しい要素が存在するというのか。
というのも、岸田首相は「新たな経済対策」の一環で「4万円の減税」「非課税世帯への7万円給付」といった施策を検討するよう与党に指示したという。
また、ガソリン代・電気代・都市ガス代などの負担軽減を重点的に行い、補助金支給を続けることも決定済みだ(本連載第339回)。
これらは、ブレア元首相が脱却した「手厚い福祉による弱者救済」に見えてしまう。いわゆる「バラマキ」である。
もちろん、物価高に苦しむ国民の負担を緩和し、一息つかせる意味では必要な施策だ。だが、物価高そのものを防ぐものではない。その効果は一時的なもので、効果が切れたら「また次」の繰り返しになりかねない。