個人が尊重される多様化社会で
「わからないもの」を面白がる

 アートやアート思考といった思考法が、ビジネスの現場からなぜこれほどまで求められているのかについてはここまで説明した通りだが、熊倉教授曰く「キュレーション教育研究センターとYAUが目指すのは、あくまで社会にアートを根付かせること」。

「まずはこのキュレーションの授業を通して、さまざまなアーティストがそれぞれいろんな思考をしていることを知ってもらい、そのアーティストのどこが面白いのか、どんな行動様式なのか、何を大事にしているのかといったことを体験的に知っていただいた上で、企業の中にアーティストが滞在して創作活動をしたり、一緒にプロジェクトをしたりといったことが起これば面白いし、それがアーティストの活動の場を広げることにもなると思います」

 YAUのプロジェクトに奮闘する中森氏も「やはりカルチャーを根付かせるには時間がかかります。加えて企業としては明確なKPIも設定しづらいため、ビジネスとアート掛け合わせる取り組み自体に難しさを感じながら活動しているところもあるのですが、YAUという場所が参加した学生や社会人、企業の思考を変えるきっかけになり、少しでもポジティブな変化を社会にもたらすきっかけになればいいなと思っています」と言葉を選びながら言う。

 もちろん、アーティスト的な思考が求められているのは、ビジネスにおいてだけではない。これまで以上に個人が尊重される社会においては、「わからない他者」が増える。その「わからない他者」と共存していくための1つの手段として、アート思考が求められている部分もあるのだと熊倉氏は言う。

「アートは、価値観の異なるもの同士の間でクッションの役割を果たしてくれます。例えばアートは、”差別はやめましょう”といったストレートな表現はしません。そういった問題をもっと具体的に、ミクロでパーソナルな物語に落とし込んでくれるのがアートです。もちろん全員が全員共感できるなんてことはないけれど、アートという迂回路を経ることで、正論をぶつけられるよりも共感できる要素が増えたり、多角的な視点を持てたりするはずです」

 安易にわかりやすい正解に飛びつかない。バイアスや常識に捉われない。アートとビジネスの掛け合わせ、その今後の動向にも注目していきたい。