「算術の資質」は必須ではなく
チームで補完できるもの

 ただ、そういったことを理由にアダム・ニューマン氏を批判するのは、ひょっとするとお門違いかもしれません。

 たとえばアップルの元CEOのスティーブ・ジョブズ氏だって、算術が合わないことを理由に、かつてアップルを追放されたことがあります。テスラの創業者のイーロン・マスク氏は、天才ベンチャー創業者として世界最高の栄誉を受けていますが、2017年に資金枯渇の危機を乗り越えられていなければ、今ごろ同様の批判を受ける立場だったかもしれません。

 一般に、理想を語る力が天才的な経営者は、算術の面では弱いものです。スティーブ・ジョブズ氏はその弱みを補うためにプロ経営者のジョン・スカリー氏を招へいし、結果として彼に追い出されることになったというのが最初の失敗でした。

 WeWorkの場合、ソフトバンクグループの側近たちは何度も孫正義社長に算術が合わないことを進言したそうです。実態はそのとおりだったのですが、スティーブ・ジョブズ氏が去った後のアップル同様に、WeWorkはアダム・ニューマン氏に出ていってもらった後も、収益構造が変わることはありませんでした。

 そして、WeWorkの一件では特筆すべきことが一つあります。それは、アダム・ニューマン氏は今回の破綻劇からその立場を離れ、すでに新しい不動産スタートアップを立ち上げていて、そこでも新たなベンチャー投資家から巨額の投資を受け入れているという事実です。

 結局のところ今回の破綻劇から学ぶべきことは、算術は理想を語る創業者に必須の資質ではなく、むしろそれなりのチームを組むことで後から作るべきものなのだということかもしれません。

 あれだけの巨額な破綻をしても、また新しい資金を調達できるというアダム・ニューマン氏の資質のほうが、ベンチャー経営者としては唯一無二の財産に見えてしまう。そう感じさせることこそが、今回の破綻劇のもう一つの重要な側面なのです。