目を隠す女性写真はイメージです Photo:Tatiana Maksimova/gettyimages

現在、ウクライナにロシアが侵攻しているように、地球上のどこかで常に紛争は起きている。世界中の紛争地で、平和に貢献する活動や研究を重ねてきた国際紛争研究者が、対立現場の厳しい状況を赤裸々に語る。本稿は、上杉勇司『紛争地の歩き方 現場で考える和解への道』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

「紛争地で安易に土産を手渡すな」
簡単には渡せない物もある

 私が最初にカンボジアに行ったときのこと。日本からポテトチップスを持参した。移動中にスーツケースのなかで粉々にならないように、筒型のチップスターを買っていく。

「袋入りではなく、筒入りにすべし」が、ここで伝えたいことではない。実は、初心者の私は大失態を犯してしまう。この失敗から学べる教訓を共有したい。

 カンボジアや東ティモールで出逢う子どもたちは、本当に目がキラキラと輝いている。子どもが遊んでいるのを眺めながら、小休止をすることにした。

 ポテトチップスを食べ始めると、上半身はボロボロのTシャツに、下半身は裸の小学校の1年生くらいの男の子が近寄ってきた。ポテトチップスを数枚手渡すと、それをまとめてほおばり、また手を差し出す。そこで、筒ごとその子にあげることにした。

 なんと、その途端に、遠くで遊んでいた子どもたちが集団で駆け寄ってくる。筒を抱えた子を取り巻くと、ガキ大将みたいな上級生が、何かを叫ぶ。1年生は抵抗するが、すぐに殴られ、筒をもぎ取られる。ガキ大将と取り巻きは、筒を持ってどこかに消えてしまう。殴られた子は大泣き。

 私は罪悪感に苛まれる。善かれと思って軽い気持ちでポテトチップスをあげた結果が、暴力を生み、犠牲者が出てしまった。この教訓を踏まえて、気軽に何かをあげることを慎むようにした。また、何かを提供する場合には、十分な数を予め揃えておくことにした。

 ただし、この教訓は、個人のレベルで手が届く範囲では実行可能だが、一般論としては難しい。

 何年か後に、アフガニスタンを訪問したときのこと。日本のアフガニスタン向け政府開発援助(ODA)を評価するのが仕事だった。日本の支援で整備された学校を訪問する。当然ながら、机も椅子も完備され、黒板、窓、屋根がある。

 アフガニスタンでは、宗教上の理由から男女が同じ教室で学ぶことは許されていない。そのため、この校舎は女子専用とされていた。タリバン政権下では、女子の教育機会が限られていたため、支援を提供する側は、まずは女子を支援したいと考えたからだ。すると小学生の男子児童が校長に連れられて私のところにやってきた。

「どうして女の子ばかり立派な教室で勉強できるのですか。どうして僕たちには教室を作ってくれないのですか」

 彼と校長に連れられ、男子の「校舎」に連れて行ってもらう。そこには建物はない。埃が舞う土漠の上に絨毯を敷き、男子たちは勉強していた。そして校長が畳み掛ける。

「もちろん、女子教育は重要です。しかし、現状では児童の8割が男子です。アフガニスタンの国づくりの優先順位を考えれば、8割の男子児童に、まずは投資すべきです」

 正論だろう。理想は、すべての子どもに教育の機会を与えることだ。しかし、学校は、ポテトチップスのように気軽に提供できない。支援する側の価値観で優先順位を定めていくのか。それとも支援を受ける人々の価値観を重視するのか。

 2021年8月にタリバンが権力を奪取する。前政権下のアフガニスタンでは、国際社会の強い後押しで、女子教育が推進されてきた。教育を授かった女子が、ポテトチップスをもらった子どものようにならないことを願うばかりだ。

少女の告白で決まった軍事介入
ジャーナリズムの真の役割とは

 ユーゴスラビアの内戦は国際社会の関心を大いに集めた。CNNやBBCといった国際メディアが連日のように現場から報道を繰り返す。国際メディアが国連安全保障理事会の5大国に次ぐ影響力を誇ると揶揄された。それをCNN効果という。

 ところが、国際社会はソマリアでの平和強制に失敗していた。戦い続けたい当事者に力づくで平和を押しつけても、そのような平和は簡単に綻ぶ。これがソマリアでの失敗から得た国際社会の教訓だった。

 ソマリア介入にはメディアが従軍した。戦場の模様が茶の間に届けられた。ソマリアの平和のために出征した米兵が、首都モガディシュで民兵に惨殺される。何のために米兵は命を賭けているのか。米国は厭戦ムードとなる。ビル・クリントン大統領は、米軍の撤収を決定。「米国の国益とならない場所に米軍を派遣しない」という大統領令を出す。

 モガディシュのトラウマを抱えた米国は、ユーゴスラビアで内戦が勃発しても重い腰をあげない。ところがヨーロッパでは、ホロコーストの再来を許してはいけないという十字架を背負っていた。

 内戦が激化するなかで軍事介入を求める声が高まる。ボスニア・ヘルツェゴビナでは、「民族浄化」という言葉が作り出された。人々で賑わっていた市場に迫撃砲が撃ち込まれる。血だらけの市民の映像が届けられた。メディアはスナイパーに狙撃される老女や集団レイプされる女性たちを追う。

 そして、目の前で母親と姉がレイプされ殺されたという少女をカメラは映し出す。この報道が介入には消極的だった世論を参戦に導く。政治家たちはNATO軍の介入を決断した。