日本銀行が「賃上げから物価高への波及」が十分でないことを強調し始めた。これはマイナス金利解除をしないことを意味するのではなく、むしろその準備を示すものだ。弊害の大きなマイナス金利を解除した後も、超低金利政策の継続が不可欠であると、日銀は今後、主張するのではないか。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)
「物価高から賃上げへの波及」だけでは
安定的な2%物価上昇は実現しない
植田和男氏の日本銀行総裁就任が決まった際、経済理論上も説明が難しく、実務的にも弊害の大きなYCC(イールドカーブコントロール、長短金利操作)は早い段階で撤廃され、短期金利を中心とするオーソドックスな金融政策に移行すると、筆者は考えていた。
10月末の金融政策決定会合で、日銀は10年金利の「上限のめど」を1%程度とした。長期金利の目標を0%程度としつつも、場合によっては1%超えも容認するわけだから、もはや厳格にコントロールしているとはいえず、YCCは事実上撤廃されたと見なしてもいいだろう。
筆者の見立ても、あながち的外れではなかった、といえるのではないか。また、仮に、今年9月と10月の米国の長期金利の急騰がなければ、植田和男総裁は、7月会合の再調整をもってYCCを事実上撤廃した、と考えていたのではなかろうか。
念のために言っておくと、YCCの枠組みは今も残っているが、将来、その枠組みが撤廃された際も、未曽有の公的債務を抱える日本においては、長期金利の急騰を避けるべく、何らかのキャップが必要である。その際、「1%程度」とする現在の「上限のめど」は、例えば「オーバーナイト金利+1%程度」に読み換えられるのだと筆者は考えている。
さて、日本銀行が物価見通しを大きく見誤り、展望レポートで大幅な上方修正を繰り返していることから、YCCの調整に続いて、早晩、マイナス金利政策の撤廃を含め金利正常化に着手すると考える人が増えている。
思惑で動きやすい金融市場では、既に1月のマイナス金利の撤廃が織り込まれた。比較的高めのインフレが続くと考える筆者も、メインシナリオではないものの、為替相場次第では、そうした早期の政策修正が実現する可能性もあると考えている。
しかし、ここで気になるのは、10月の金融政策決定会合を境に、展望レポートや総裁記者会見などで、日本銀行が「賃上げから物価高への波及」(あるいは、後述する「第二の力」)という考えを展開し始めたことである。これまで筆者は、2024年春闘で高い賃上げが達成されれば、2%インフレ達成のめどが立ったと日銀が判断すると考えてきた。
堅調な企業業績と高めのインフレが続く中で、労働需給も一段と逼迫(ひっぱく)しており、24年春闘での高い賃上げの蓋然(がいぜん)性は高まりつつある。しかし、それを引き起こしているのは、主に「物価高から賃上げへの波及」のメカニズムであり、「賃上げから物価高への波及」のメカニズムの作動も必要であると、日本銀行は強調し始めたのである。
強調し始めたことの意味を次ページ以降分析していく。