バリューtoバリューの仕組みは有効か

出口 すみません、ちょっと脱線してしまいました。3つ目はどんなことですか。

山口氏

山口 介護のクーポンの発行です。これから始まる「総介護時代」に、介護をするとチケットが貯まり、それを元に自分が介護されるという仕組みです。お金で成り立つ関係ではなく、自分がやったことを他人にやってもらうというバーターの関係です。

 介護をする人とされる人の意識に、非常に大きな落差があるように、介護は物理的に解決できることばかりでなく、人間的な関係のなかで成り立つものです。ですから、自分が誰かの介護をした経験は、自分が介護をされる側に立ったときに役立つはずです。この本にも書いていますが、マネーを介在させずに価値をそのまま引き継ぐ「バリューtoバリュー」という仕組みも、保険の本質であるセーフティーネットの考えにつながるものではないでしょうか。

出口 その点については、僕はちょっと意見が違います。もちろん、介護の問題をマネーだけで解決するのは難しいと思います。ただ、マネーを介在させる目的は、市場メカニズムを活用することですよね。「バリューtoバリュー」の考え方の難しいところは、市場メカニズムがうまく働かないことです。その仕組みが善意で回っているうちはともかく、何らかの要因でうまく回らなくなったとき、かえって悲惨な状況になるという懸念がぬぐえません。

 かつては税金も労役という形で納めていましたが、それがマネーになった理由は、マネーを介在させて市場メカニズムを使うことが最もインセンティブが働くという経験知があるからです。山口さんのおっしゃる「バリューtoバリュー」の考え方はよくわかりますが、人間の意識はすべて異なるので、もしかしたら弊害のほうが大きいことを危惧します。

山口 おっしゃる意図はよくわかります。マネーの持つ力にも、マネーを介在させない「バリューtoバリュー」の力にも、メリットとデメリットがあると考えています。

 マネーは価値と信用が結晶化した数値ですから、コミュニケーションによる摩擦が一切生じません。世界中のあらゆる人がマネーを理解しているので、マネーという一点でコミュニケーションが成り立つことが最大のメリットだと思います。

 一方で、マネーでは物事の文脈を伝えるのが難しい。たとえば東日本大震災で被害にあった東北のホタテ業者さんの被害総額3000万円と、お金持ちがマネーゲームで失った3000万円の比較可能性をつくってしまうのもマネーです。物事には価値があり文脈があるのに、言語化・数値化した瞬間に価値の本質が失われてしまう。確かに非効率ではありますが、価値を直接コミュニケートすることには、価値の文脈を紡ぐ柔らかい流れがあると思っています。

出口 そこには経済がうまく回り、最低限のセーフティーネットが構築でき、だからこそ人間がいろいろなことができるという大前提が不可欠です。それがあってはじめて、ある程度非効率な「バリューtoバリュー」の仕組みが働くのではないでしょうか。