メーカーの立場としては
経営陣はESG投資の視点で注視

 まず、日系メーカーだが、「国や地域によって社会環境が違うため、次世代車については電動化を含めて多様な選択肢を考慮して対応する」というのが基本姿勢である。

 日本市場については、乗用車のHV比率が5割を超えるという特性がある。

 一般社団法人日本自動車販売協会連合会によれば、23年度(22年4月~23年3月)の乗用車・燃料別の比率は、HVが51.0%と最も多く、次いでガソリン車(40.3%)、ディーゼル車(5.5%)、PHEV(1.7%)、そしてEV(1.5%)と続く。

 日本で主流のHVは、エンジンとモーターという2つの動力源をハイブリッド(二刀流)で活用する考え方で、トヨタが97年に初代プリウスとして上市した。

 当初、世界の自動車産業界からは「優秀な技術だが、飛び道具っぽくて、本格的な普及は難しいのではないか」という声を数多く聞いた。

 ところが、2代目以降は日本でも“普通のクルマの仲間”というイメージが市場に定着して人気車となった。また欧米で環境意識が強い学識者や有名タレントらがプリウスを愛用したことで製品イメージが市場に広まっていった。

トヨタTHS搭載モデルの技術展示トヨタTHS搭載モデルの技術展示。21年3月、愛知県トヨタ会館で Photo by K.M.

 一方で、トヨタ独自のシリーズパラレルハイブリッド機構のTHS(トヨタハイブリッドシステム)に対抗するべく、他の日系メーカーは、トヨタとの違いをユーザーにアピールするHV開発に注力してきた。代表例として、エンジンを発電機としてのみ使うシリーズハイブリッドである日産自動車のe-POWERがある。

日産e-POWER搭載各モデル。22年1月に長野県内で実施された氷上試乗会の様子日産e-POWER搭載各モデル。22年1月に長野県内で実施された氷上試乗会の様子 Photo by K.M.

 技術的な観点から「充電インフラがまだ整っておらず、また電池コストがまだ高い現状では、HVが日本で最も現実的な電動車」という見解を示す日系メーカーのエンジニアや商品(製品)企画関係者が、本稿執筆時点(23年12月上旬)でもまだ多い。

 また「このところ欧米でEVシフトが急速に進んだが、直近では各市場で『反動』も出てきており、EVシフトの先行きは不透明」という声も少なくない状況だ。

 ここで、グローバルでのEVシフトの流れを整理しておく。

 流れの基点は、15年のCOP21(国連気候変動枠組条約 第21回締約国会議)で採決され、16年に発効した「パリ条約」だ。

 さらに流れが大きく変わったのが、18年10月開催のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)。ここで、「2050年カーボンニュートラル」という文言が出てきた。

 地球の平均気温を産業革命前と比較して、摂氏1.5℃以内で維持するためには、地球全体でのCO2排出量とCO2回収量を事実上、ブレークイーブンとする考え方である。

「2050年カーボンニュートラル」に対して、欧州連合では欧州グリーンディール政策の中で自動車のCO2排出量規制を打ち出した。

 これを受けて、グローバルで企業が従来の財務情報のみならず、環境・ソーシャル・ガバナンスを重視したESG投資を最重要課題に掲げるようになった。

 この中で、一般ユーザー向けのみならず、さまざまな業態でESG投資の観点から自社事業でEVを積極的に活用する動きがグローバルで一気に加速した。

 一方、アメリカでは欧州でのEVシフトの流れの影響に加えて、独自のEV施策を推進する中国への政治的な対応策の一つとして、IRA(インフレ抑制法)を22年8月に打ち出した。

 日系メーカーのほとんどは、アメリカ市場と中国市場に依存する経営体質であるため、IRAと中国事業への投資バランスをどう捉えるかに苦慮しているところだ。

 そうした中、日系メーカーの経営層としては「EVに関する規制や政策の先行きは不透明」という見方が主流だ。それに対応するためには「自社独自のEV事業を育てると同時に、他社との連携(アライアンス等)もうまく使い、どのような市場変化にも対応し得る事業の柔軟性を確保することが重要」との見解を示す経営者が少なくない。

 その上で、日本市場についてメーカーは、国が充電インフラ拡充等の補助金支援などに積極的であるとはいえ、市場全体の動向を考えると「他の国や地域と比べれば、日本は当面、EVの普及スピードは緩やか」という見方が一般的だと、筆者は感じている。

ディーラーはあくまで“待ちの姿勢”
販売担当者へのEV関連教育もこれから

 日系メーカー経営層が、グローバルでの複雑なEVシフト情勢変化に日々、神経をとがらせている一方で、ユーザーに対する販売と修理の窓口である国内販売の現場では、そうした大局を見据えたようなEVシフトに対する考え方はほとんど浸透していない。

 EVが日本で売れるか売れないかは、メーカーが魅力的なEVを販売企業に対して卸売り販売してくれるかどうかという業界の基本構造に従うため、販売店は基本的に“待ちの姿勢”になるからだ。

 その上で、自社ブランドでのEVラインアップの強化が確実となり、またメーカー側からの何らかの支援があれば、急速充電器など販売店敷地内でのインフラ投資を考えるという順序で話が進む場合が多い。

 また、販売現場担当者らのEV関連教育についても、自社ブランドでのEVラインアップ強化が確実にならない限り、メーカーの国内営業から販売各社に対して、積極的な動きがない場合がほとんどだ。

 販売の現場としては、EVであれHVであれ、販売台数第一が事業の基本であり、“売りやすいクルマ”を積極的に売るという、従来の大量生産・大量販売の志向はEVになっても特に変わっていない。

 また、リセールバリュー(下取り価格)について、10年代に発売されたEVの評価がけっして高くないため、今後どのように日本のEV市場全体が形成されていくのかを、一歩引いたような姿勢で観察している販売店も少なくない。

 別の視点では、太陽光パネルなどを使うエネルギーマネジメント全般に対して、販売店としては新たなビジネス領域としての広がりが期待できるところだ。だが、総括的なエネルギーマネジメント事業について、自動車メーカー側は一部で実証試験をするにとどまっており、販売店向けのパッケージ商品化はまだできていない。

 現状では、充電器の販売会社や工事事業者に対して、販売店が話をつなぐといった程度の小さな事業にとどまっているところだ。

ユーザーの視点は
冷静な製品比較と市場変化の把握

 最後に、ユーザーのEVシフトに関する意識について触れる。

 直近で、筆者は第1回ジャパンモビリティショーでのオフィシャルガイドツアーでガイドを務め、またEV関連イベントなどではユーザーの公道試乗に付き添うインストラクターとして参加するなど、ユーザーのEVに対する生の声を積極的に拾っている。

 そうした中で、EVに対してある程度関心がある人、つまり現在EVを所有していたり、または近いうちのEV購入を検討していたりしている人は、日本におけるEVシフトを「とても冷静に観察している」という印象が強い。

 複数のEVを乗り比べて、価格差、商品コンセプトの差を踏まえた上で、商品の比較がしっかりできる人が少なくない。

 充電インフラの場所や数、そして充電時間についても、自分のライフサイクルとどのように適合できるかという軸足を持った上で、EVのありようを理解している人が多い。

 そうしたユーザーの多くは、販売店の担当者よりもEVに関する見識が深い。

 一方で、前述のように日本市場でのEV普及率は、単年度の乗用車販売比率で1%台とかなり低いため、EVになじみのない人もまだまだ多いのが実状だ。

 EV普及に最も大きく貢献しているのは、現状では日産と三菱自動車の軽EVだが、軽大手のスズキとダイハツは軽のEVシフトに積極的とはいえず、現行のHVが当面の間、生活車として定着するとの見方を示している。人気車N-BOXを要するホンダも、軽EVは当面は商用が主流という方針だ。

 こうしたユーザーのEVに対する志向や、ユーザーにとって最も身近な軽のEVシフトの動向を鑑みると、日本市場では、一般ユーザー層での本格的なEVの普及は、30年代以降にずれ込む公算が大きいのではないだろうか。

 ただし、国がEVシフトを促す規制強化に踏み切れば、当然のことながら市場は大きく動くはずだが、現状ではそうした“気配”が国にはないように感じる。

 こうした予測をもって、日本はEVシフトに立ち遅れていると表現するべきなのか?

 EVシフトに限らず、日本国内での乗用車、商用車、そして公共交通機関における次世代化について最も大事なのは「産業、環境、エネルギー安全保障、日常生活」のバランスをうまく取ることだと思う。

 自動車産業における産業競争力という切り口を強調し過ぎることなく、日本という生活の場でEVシフトをどのように進めるべきかという「人中心」の議論が必要だ。