「心が空っぽで満たされないことがありませんか?」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/種岡 健)
心が空っぽで楽しくない
外資系企業に勤めるエリコさん(仮名)は、「人に言えない息苦しさ」を感じていました。
バリバリと毎日忙しく働いていたエリコさんですが、いつか結婚して子どもを持つことが夢でした。
それから、彼女は同じ職場の男性とのお付き合いを経て、めでたく結婚。子どもも生まれ、順調な人生を送っていました。
それだけを見ると、「幸せに満たされた人」であるエリコさんですが、一人でいる時間があると、なぜかストンと満たされない思いが出てくるようになり、「自分の人生ってなんだろう?」と、漠然とした悩みで頭がいっぱいになるようになりました。
次第に、家族と一緒のときにも、そんな考えが出てくるようになってしまったのです。
そのことを夫に相談しても、「満たされている証拠だね。今が幸せだからだよ」と、真剣に向き合ってくれません。
母親や友人も、同じような反応でした。
「幸せなはずなのにツラい」ということは、誰しもが感じることでしょう。
しかし、エリコさんはそのことに罪悪感を持つようになり、
「幸せなのに幸せと感じられない。そんな自分はダメな人間なんだ……」
と自分を責めるようになってしまったのです。
やがて、ご飯を食べても味気がせず、買い物すらも面倒になり、家から出ずに何もしたくないという、身体的なだるさまで生まれ、日常生活に問題が出てきてしまいました。
人に相談できない悩みというのは、その人の心を支配してしまう霧のように、モヤモヤと心を覆っていきます。
エリコさんも、こんな悩みは自慢や嫌みに思われそうで、どんどん人には言えない状態になっていきました。
こうやって霧がどんどん濃くなって、自分の気持ちがわからなくなってしまう人が、私のもとにはたくさん相談に来ます。
「満たされない私」をどう変える?
エリコさんから相談を受けて、ここまで語ったように、「ハラ落ちのためのジンクスづくり」を始めることにしました。
彼女の場合、悩みは初めから自分の中でハッキリしていたのですが、
「誰にも言えない」
「わかってもらえない」
と、悩みの「質」によってさらに頭を悩ませていたのです。
「幸せなのにツラい」なんて相談しても、「贅沢な悩みですね」と、一蹴されてしまう恐れもあります。
エリコさんの話を聞いていくうちに、彼女の悩みの本質が少しずつ見えてきました。
彼女は、「自分は満たされている」ということを必要以上に口にして強烈にそう思い込むようにしていました。
無理やり自分の気持ちを納得させていたのです。
バリバリ仕事をしていた人の特徴として、「本当はもっと人に認められたい」という気持ちを持ち続けることが多いです。
エリコさんも同じパターンでした。
しかし、結婚したことで、夫や子どものケアをすることが自分の務めと、自分で自分に責任を課していたのです。
他に何かやりたいことがあるのかを聞いても、
「家庭があるから無理です」
と、自分から可能性を閉ざしていました。
彼女には多くの他者から認められるべき「自己実現の場所」がなかったのです。
夫のことを愛していましたし、もちろん子どものことも大切に思っています。
ですが、自分自身が本当にやりたいことを見ないようにして、可能性を自分から潰すことで、いつしか自分に期待することをやめていたのです。
「いつも自分より家庭を優先する」ということは、美しいことのように見えますが、行きすぎると考え方のクセとして人を苦しめることになります。
「罪悪感」をどう無くすか?
ここで「ハラ落ち」へのステップが有効になります。
まずは、「自分が本当にしたいことを妄想してみる」ということです。
そう言っても、エリコさんは最初は乗り気ではありませんでしたが、家庭のことをいったん抜きにして考えてもらいました。すると、
「うーん……。まあ、もし時間があったら、ヨガや料理の教室に通ってみたいかな……。あと、家のことを考えず、何の目的もなく散歩もしたいかもしれません」
と、少しずつ外で自由にしたい欲求が出てきました。
そんな取り止めもないような話をしている最中であっても、「でも実際にはムリだし」とか、「できるはずない」と、自分の妄想をすぐに自分でかき消してしまうのがクセになっていました。
考え方のクセについて確認したら、次は「数字によって把握すること」です。
一日のうちでどのくらい外に出るのか、どんな時間にモヤモヤと考えることが多いのかなど、数字で振り返ってもらいました。
「午前中に家事を終えて一息ついた時間」や「昼ごはんのあと」、「寝る前に目をつむっているとき」など、手が空いた瞬間にメンヘラな瞬間があらわれることに気づきました。
人間の脳は、つねに新しい刺激を求めようとする器官です。
脳は、やることがないまま止まっていると、「もっと刺激を送ってよ」と急かすようなシグナルを発します。
そのシグナルに対して、「家庭のことがあるから仕方ない」というブレーキを踏み続けると、頭のなかでアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような、いたたまれない気持ちになってしまいます。
そんな状態が続くと、「脳が進みたいのに止まったままでいる」という息苦しさでツラくなってくるのです。
あなたにも、「何もしていないこと」に罪悪感を持つことがあると思います。
やることがないとラクなように思いますが、実際は不安になるんですよね。
エリコさんも、「自分を甘やかすと、夫や子どもに対して申し訳ない気持ちになる」と言っていました。
アクティブだった彼女が、家庭の中で自らを制しすぎたせいで、「何もすることがない」と感じることが「キッカケ(着火剤)」になり、「ツラいと感じる(メンヘラになる)」ことに気づいたのです。
そこで、新しい方向へと自分を開放するようなジンクスを考えてもらいました。
「何もしていない」と感じたら、家庭の中で外に向かうような行動をとるようにするのです。
エリコさんが考えたのは、
「罪悪感がわいたらパンづくりをする」
というジンクスでした。
家事の落ち着いた昼ごろや、夜寝る前など、家族にも理解を得て、パンづくりに精を出すようにしました。
動画を見たり、本を買ったりして、新しい刺激を受け入れるようにしたのです。
すると、せき止めていたダムから水がドドッと流れ出すように没頭できるようになりました。
また、パンという成果物があることで、エリコさんの「自己実現したい」「他者から認められたい」という欲求も満たされていきました。
彼女の中では、「家族のためにもなる」という罪悪感を感じないジンクスであったこともプラスに作用しました。
「家族を心配させないためにも自己表現をすることが大切なんだ」と、理性的な自分によって感情をコントロールすることに成功したのです。
まさに「ハラ落ちをする体験」をした瞬間でした。
それからエリコさんは、「いつか自分のパン屋さんを持ちたい」と、目標を持つようになりました。
目標になるような生き方をしているパン職人さんに出会えたそうです。
家庭を大切にしながら新しいことを始めるのはとても大変ですが、目標やキッカケが見つかれば、みるみる人は変わるのです。
「空虚型」への処方せん
「やる気が出ない」
「なんとなく何もしたくない」
「楽しいってどんな気持ちだったっけ?」
そんなことを考えてしまうことは、誰にでもあります。要するに、「モチベーションが上がらない」という状態です。
ただ、何もしたくなくても、何かとっかかりになる感情はあるはずです。
「おいしいものを食べたい」
「美しいものを見たい」
など、漠然とした欲求でもいいのです。
仕事や勉強にモチベーションが湧かないのは、当然のことです。
しかし、メンヘラなときには、「好きなことまでが面倒くさい」という感情になってしまいます。
精神医学では、過去のショックによって、心に負担がかからないように、あえて「心にカギをかける」という現象だと考えられています。
自分で支え切れないほど大きなショックが起こったとき、人はひどい不安や絶望を感じ、それを乗り越えるために「心を閉ざす」のです。
一時的に「心にカギをかけること」は有効です。
しかし、大事なのは、そのあとにちゃんとカギを外すということです。
ここで「理性的な自分」が大事になります。
先ほどのエリコさんのように、「なりたい自分」を妄想し、「前向きなジンクス」を取り入れることで、カギのありかを探すのです。
「空虚型」のメンヘラは、他人からはパッと見で「わからない」という特徴があります。
そのため誰かが手を差し伸べるのではなく、自分で自分をコントロールするしかありません。
自分はツラいのに、周りからは「何もしてない」「怠けるな」と言われることもあるでしょう。
ただ、ボーッとするのは悪いことではないのです。
「理性的な自分」によって、前向きなジンクスさえ作り出せば大丈夫です。
その第一歩は、無気力な自分に対して、「メンヘラになっている」と気づくことからなのです。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』より一部を抜粋・編集したものです)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医。
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。