「支点」をどうやって
動かせばいいのか
メンタルを安定させるためには「力点」「支点」「作用点」を考えるのでしたね。
前ページまでは、「力点」の話でしたが、ここからは「支点」についてです。
ここでひとつ、物理の問題です。
下のイラストでは、どちらのほうがストレスを持ち上げるのが簡単でしょうか。
見るべきポイントは、「支点の位置」です。
上側のほうは「支点」がストレスに近く、下側は「支点」がストレスから遠いところに位置していますね。
「支点の位置」によって、「力点」にかかる力の大きさは変化するのです。
実際に机にあるもので試してみるとわかりますが、上側のイラストのほうがストレスは簡単に持ち上がります。つまり、このほうがメンタルは安定します。
このように、「支点の位置」をズラすことによって、同じ力でも作用する力の大きさは変化します。
ここでおさらいですが、「支点」というのは「自動思考」のことでしたね。
ある出来事が起こり、それに対して恐怖や不安などの感情が無意識に起こってしまうことが「自動思考」です。
その「位置」をズラすことによって、影響力を弱めることができるのです。
「環境」を変えましょう
人をもっとも悩ませるストレスの原因は、「人間関係」と言われています。
パワハラをしてくる上司と毎日顔を合わせていると、もちろんメンタルは安定しません。
同様に、クラスでイジめてくる子と部活で一緒になると、それだけで胃が痛くなるでしょう。
そんな恐怖や不安は、ストレスとの距離によってコントロールすることができます。
パワハラ上司に悩まされる状況でも、部署や担当を変えてもらうことでストレスは軽減できます。イジメも転校やクラス替えによって距離が離れると、おさまります。
自動思考は、環境を変えることによってコントロールすることができます。
「支点(自動思考)」の影響力を変化させるには、環境を変化させるのがもっとも手っ取り早くて有効です。
「適応障害」という病名を聞いたことがあるでしょうか。
それは、ストレスによって、抑うつ気分や無気力、不眠などの症状を引き起こす精神疾患のことで、「環境の変化などによって発症しやすくなる」とされています。
キッカケとなる環境の変化は人によってさまざまです。
引っ越し、転職・異動、入学・転校・クラス替え、離婚などのネガティブな原因によって発症するケースが多い一方で、結婚や子どもの誕生、昇進など、ポジティブな環境の変化によっても引き起こされることがわかっています。
そんな適応障害は、自動思考によって無意識に起こる感情に疲弊してしまうことが病気の大きな要因と考えられています。
そのため、環境を調整して、恐怖や不安を感じるものから離れることが、もっとも有効な治療と言えるのです。
ここでは適応障害を例にしましたが、「メンタルを安定させるために自動思考をコントロールする」というときにも同じことが言えます。
「あなたの価値」は環境で変わる
人は誰しも、何かしら自分が生きていることに意味を見出そうとするものです。
「社会の中で誰かの役に立つ」「家族を養う」「世界を守る」など、たいそうな生きる意味を見出そうとするかもしれません。
しかし、ここで覚えておいてほしいのは、社会に不可欠な「絶対的な価値」を持つ人間なんて存在しないということです。
たとえば、日本の総理大臣はどうでしょう。
総理大臣でさえも、任期が過ぎれば、またすぐに別の人が就任してしまいます。社会的にみた「絶対的な価値」なんてものは、その程度のものです。
私も含めて、人はみんな平等に、社会にとってみれば「価値のない存在」とも言えるのです。
人はみんな平等に「絶対的な価値を持たない」という話は、じつは希望です。
日本では水道水の価値に気づきにくいですが、山の頂上や砂漠のど真ん中では、高い価値を持ちます。
それと同じで、「あなたを必要とする人」「あなたが必要とされる場所」で生きていくことで、あなただけの「相対的な価値」は生み出されるのです。
私たちは、社会が決める「絶対的な価値」ではなく、人としての「相対的な価値」を高めるように生きることで、メンタルを簡単に安定させることができます。
精神科医である私の思い込み
私は東京の精神科の救急病院で、忙しく働いていた時期がありました。
その頃は自信に溢れていて、「この病院にとって、自分はなくてはならない存在だ」と本気で思っていました。
しかし、そんなある日、忙しい日々のせいで体調を崩してしまい、倒れてしまったのです。
自己管理ができなかった自分を恥じましたし、治療中の患者さんに本当に申し訳ないと思いました。何より「自分がいなくなると病院は大変だろうな」と考えていました。
しかし、私がいなくなっても、病院は普通に機能していたし、患者さんは他の先生が治療を引き継ぎました。
高く見積もっていた自分の「絶対的な価値」なんて思い込みでしかなかったのです。
その後、私は地域医療へ関わるために、地方の無医村に異動することになりました。
都会の救急病院に比べると、地方の病院では患者さんの数も限られ、なかには一人も患者さんが来ない日もありました。
しかし、精神科の医師はその地域で私一人しかいなかったので、村の人たちから大いに歓迎してもらいました。
私は、心から充実した時間を感じることができたのです。
社会的に見て、私の「絶対的な価値」は、東京でも地方でも、おそらく変わっていません。
しかし、「相対的な価値」を感じてくれる人に囲まれたことで、自分が生きる意味を見出せる価値は、明らかに高まったような「気がした」のです。
人生を有意義に生きるためには、あなたの価値をきちんと認めてくれる人たちと一緒に過ごすことです。
では、あなたの価値を認めてくれる人はどこにいるのでしょうか。
友達や家族、ペットなどにとっては、あなたは替えの利かない「相対的な価値」の高い存在であるはずです。
「あなたが生きていることに価値がある」
そう考えてくれる人と一緒に過ごすことで、あなたのメンタルは、これからもずっと安定していくのです。