人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。この心理的な傾向を、ビジネスや公共分野に活かす動きも最近は顕著だ。認知バイアスを踏まえた「行動経済学」について理解を深めることは、さまざまなリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、世界的ベストセラー『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から、私たちの生活を取り囲むさまざまな認知バイアスと、「人を動かす」ためのヒントを学ぶ。今回のテーマは、「メンバーの気持ちを冷めさせるリーダーの特徴」だ。(構成:川代紗生)

勘違いが人を動かすPhoto: Adobe Stock

「メンバーの気持ちを冷めさせるリーダー」の特徴

 とあるプロジェクトのチームリーダーを任されたことがあった。上司から提示された売上目標は高く、ただ一方で、取り組みがいのあるプロジェクトでもあった。

 私はわくわくしていた。絶対にこの数字を達成させてやるぞと、意気込んでいた。

 成功させるためには、チームメンバー一人ひとりに、自発的に動いてもらわなくてはならなかった。

 それぞれがいいアイデアを出し、商品を顧客に届けるために頭をひねらなければ、到底達成できるような数値ではなかった。

 私は頻繁に、メンバーたちにメッセージを投げた。

「こういうことをやろうと考えています。他にいいアイデアがある方はいますか?」
「何か、ブラッシュアップできる改善案があれば、ぜひ教えてください」

 しかし、社内チャットでいくら投げかけてみても、誰も反応してくれない。ときどき、短文のコメントがくる程度だ。

「昨年、こういう企画をやっていたので、今年もこれをやってみたらいいんじゃないですか」。雑談混じりに、直接きいてみても、「うーん、考えてはいるんですけどね。思いついたらなんか書きます」。

 やる気がないのは明らかだった。

 こんなにがんばってるのにどうして。彼らと心が通じておらず、私一人で空回りしている。日ごとに焦りは募り、ついに、私は苛立ちをこめて、こんなメッセージをメンバー全員に向けて投げた。

「このプロジェクトについて、以前から何度も呼びかけていますが、アイデアが集まっていません! このままでは、このプロジェクトは成功しません。もっと自分ごととして、真剣に考えてくれませんか?」

どんな言葉をかければよかったのか?

 かなりの時間が経った今でも、あのころのことを思い出すことがある。どうすればよかったんだろう、と。

 結局そのプロジェクトは、数値こそ達成できたものの、チームの空気は最悪だった。ストレスが溜まっているのも、いやいやながら私の指示に従っていたのも知っていた。

 どんな伝え方をすれば、メンバーたちに意欲的に取り組んでもらえたんだろうか。そんな問いがうっすらとずっと、私の背中に付き纏い続けている。

 あるいは、管理職経験、リーダー経験のある人なら、似たような葛藤を抱えたことがあるかもしれない。あなたは、どんな言葉のかけ方をしていただろうか。

「良くない行動」を指摘しても、問題が改善されない理由

「良くない行動」を指摘しても、問題は改善されない──。『勘違いが人を動かす』に書かれていたそんな言葉が、ぐっと心臓の奥に刺さった。

「認知バイアス」の驚くべき効果について綴られた本書には、「人は、なぜ思うように動いてくれないのか」「どうすれば動いてくれるようになるのか」のヒントが書かれている。

「良くない行動」を指摘しても、改善されないのには、「人と同じじゃないと不安」「周りと同じことでリスクを回避したい」という、社会的な認知バイアスに理由があるという。

 人間はもともと、群れる動物だ。まわりのみんながやっていれば「自分もやったほうがいいかな」と思うし、誰一人やっていなければ「何かしら、みんながそれを避ける理由があるはずだ」と考える。

 たとえば、トイレの張り紙に「トイレが汚れています。きれいに使ってください」と書くよりも、「いつもきれいに使ってくださってありがとうございます」と書いたほうが、清潔になりやすいというのは、有名な話だ。

 良くない行動を指摘すると、人々はそれを「誰もがしている普通のこと」だと感じてしまう。

「ちゃんとやって」と騒ぐほど、「やらないのが当たり前」になる

 本書でも、職場で人が動いてくれない例をあげ、その問題点を指摘している。

 人は、自分と同じ状況の人間がいると安心する。「なんだ、みんな意見を提出してなかったんだ。自分だけ時間を費やしたりしなくてよかった」と。メールを見てメンバーはほっとしているはずだ。

 これで、素晴らしいプロジェクトは、不人気のつまらない取り組みになり果てた。認知バイアスの使い方を間違えてしまったからだ。

もう誰も、プロジェクトに貢献しようとはしないだろう。わざわざ変わり者になるつもりなどないのだから。(P.191)

 おそらく、私がリーダーをやっていたチームでも、似たようなことが起きてしまっていたのだろう。認知バイアスの使い方を間違えたのだ。

 私は、毎日必死に「みんなちゃんとやって!」と、改善してほしいところを指摘し続けていた。けれどそれは、自分の首をしめているだけだったのだ。

「やってください」と言えば言うほど、「やらないのが当たり前」という空気が蔓延していった。そして、「ひとりで空回るリーダー」と、「それに付き合わなければならない私たち」という分断構造は、どんどん強固なものになっていった。

 このようなケースでは、たとえば、こういうメールの書き方がいいだろうと、本書では提案されている。

「“みんなでつくるプロジェクト”は順調に進んでおり、これまでよりも多くの意見が集まってきています。できるだけ全員の意見を取り入れたいところですが、採用できるアイデアの数には限りがあるので、未提出の方はぜひ今週中に提出してください」(P.191-192)

職場の「ギスギスした空気」の正体

「集団に帰属したい」という人間の欲求は非常に強い、と本書は解説する。

 心理学者のソロモン・アッシュは、実験により、「3人の人間が同じ主張をすると、たとえその内容が明らかに間違っていても、4人目はたいていそれを受け入れる」と述べたそうだ。

「仲間外れ」を避けるためなら、「自分の考え」をも曲げてしまう。それほどに、集団から除け者にされることは、私たちにとって大きな恐怖なのだ。

 私のことが嫌いだから、私をリーダーとして認めていないから、メンバーたちは動いてくれなかったんだろうな。ずっとそう考えていた。けれど本書の言葉によって、あるいは、別の可能性もあったのかもしれないと思うようになった。

 きっと、お互いに意識していないような小さな出来事の積み重ねで、あのギスギスした空気は出来上がっていったのだ。ちょっとした言葉の使い方で、チームに分断ができた。

 認知バイアスによって、なんとなく、なんとなく、「リーダーに従うよりも、動かない方が、仲間外れになりにくそうだ」という空気が出来上がっていったのだろう。

「論理」よりも「情熱」よりも「認知バイアス」が人を動かす。(本書カバーより)

 これこそ、本書に通底したメッセージだ。

 人を動かさなければならない場面で苦い経験をした、もうあんな失敗はしたくないと思うような人にこそ、ぜひ読んでもらいたい一冊だ。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』より一部を引用して解説しています)