企業倒産は本当に悪いことなのか

堀内 パーパスがあって、そこから社会的な付加価値を生んでいる間は会社は続くけど、なくなったら解散するなりすればいい。それがむしろ健全です。

徳成 そこでその会社が抱えていた人的資源も金銭的資源も解放するのが正しい。著書の中でも、コダックの倒産について書きましたが、簡単に言いますと、イーストマン・コダックと富士フイルムという2大フィルム会社があって、富士フイルムは社名に「フイルム」という単語こそあるけど、今は医薬品や化粧品を作るなど、フィルムと関係ないことをやっている。

 だけどイーストマン・コダックは倒産した。ある海外の有名投資家と面談したら、彼らは、それを素晴らしいと言うんですよ。「会社を潰しておいて何で?」と思ったら、フィルムという時代が終わったことをいち早く察知して、株主に資本還元してきれいに倒れた、と。それで抱えていた優秀な技術者を野に放って、彼らによってどんどんベンチャー企業が生まれたので、経済的にはそっちのほうがいいんだというわけです。

 彼らも、富士フイルムの変貌はもちろん素晴らしいと認めてはいるんですよ。フィルムカメラ事業を少しずつ縮小しながら、技術者も少しずつ変化させていった。化粧品ならいけるか、健康機能食品ならいけるか、何だったらいけるのかと、少しずつ新しいビジネスを探っていって見事に転換した。

 でも、そんな大変なことをやる必要はない、と日本以外の投資家は言うんです。業態転換はすごく難しいことなので、それをやり遂げた富士フイルムの経営者は素晴らしいんだけど、たいていは失敗するわけです。そんなリスクを冒すよりも、社会的使命が終わり、会社としてのパーパスも終わったんだから、そこで閉じればいい。それこそが資本主義だと、グローバル投資家たちは考えているようです。

堀内 私もそう考えています。似たようなケースで言うと、1997年に山一證券が倒れて、その後、北海道拓殖銀行が倒れました。あのときは、無能な経営のせいで働く場所を失った優秀な社員たちが可哀そうだということで、銀行や証券以外の事業会社がけっこう手分けして彼らを雇いました。日本全体で彼らを支えようという気運があって、会社の財務部門に採用したんです。

 そうすると、あくまで私の目から見てですが、事業会社の財務レベルがかなりアップしたんですよ。それまで事業会社の財務部門というのは、銀行からお金を借りてくるとか返すとか、そういうことしかしていなかったわけです。名前も「財務部」ではなくて、経理部の中に資金室というような部門があって、資金繰りをやっているだけのようなイメージでした。それが彼らが入ってきたことで、財務のレベルが飛躍的にアップしたんですよ。

 あれを見て、社会的に不要になったものは倒れて、そこにいた人材が流動したほうがプラスになることもあるんだな、というのをすごく感じました。

 だから正直私は、日本のメガバンクも1行あるいは多くても2行でいいと思っています。でもなぜかその後、3行もメガバンクができてしまって、意外に人材を吐き出さなかったので、あの人材移動は続かなかったのですが。あれがもう少し続けば、日本の経済はもっとダイナミックになっていたのではないかな、と思っています。

徳成 倒産が増えると社会的不安が広がるから、もちろんセーフティーネットは必要です。だけど「社会的使命を終えたのになぜか潰れない会社」は、もはやゾンビ企業でしかない。その結果、日本はOECD加盟国のなかで一番会社の倒産が少ない国になりました。

 倒産が一番少ない国であることが、社会に安心感をもたらし、比較的平等な社会と穏やかな国民性を生んだことは事実でしょう。でも、経済に新陳代謝がなく、全体として衰退していく社会で良いのか。グローバルに戦っていける会社を生み出すためにも、有能な人材と資本が開放され、それらがアニマリスピリッツを持った若い起業家のアイデアと結びつくような社会を実現できれば、社会の安定性と経済の成長を両立できるような日本経済を創造できるのでは、と考えています。

(対談終わり)