前回のコラムで「就職活動は大学卒業後に」と述べたところ、約78%の皆さんに賛同していただいたが(3月24日21時現在)、別途、読者の方からいくつかご意見もいただいた。
1つは、「自由主義経済の下でこうした取り決めを行う事自体がおかしい。採用活動は企業の自由に任せるべきではないか」という趣旨のものであり、もう1つは「就職が1年延びるだけではないか。その分、家計の負担が増えることをどう考えるのか」という趣旨のものだった。そこで、今まで書いてきたことの繰り返しになるが、再度、私見を整理してみた。
自由主義経済と
政府の介入は矛盾しない
原理・原則論として論ずれば、採用活動は企業の自由に属するものであり、市場での自由競争に委ねられるべきものであることは、自明の事柄であって、議論の余地はないと考える。しかし、現実には、世界中のどこにも、完全に自由な市場など殆ど存在しない。特に、学生の就職・採用活動については、少しでも早く優秀な学生を確保したい企業サイドの思惑と、少しでも長く学業に専念させたい大学サイドの思惑が正面からぶつかることもあって、早くも1952年には企業と大学の間で就職協定が結ばれている。
就職協定は紆余曲折があって1997年に廃止されたが、同年以降は大学側(就職問題懇談会)が「大学、短期大学及び高等専門学校卒業・終了予定者に係る就職について(申合せ)」を、企業側(経団連)が「採用選考に関する企業の倫理憲章」をそれぞれ定め、相互に尊重して行うという方式が採られて現在に至っている。
政府は、現在の倫理憲章が定めている大学3年生の12月就活解禁を4ヵ月後ろ倒しにするよう、経団連に要請する意向のようだが、前回のコラムでは「同じ口を出すなら、どうして卒業後にと英断できないのだろうか」と指摘した経緯がある。この問題が、原則論(即ち企業の自由に委ねる)で解決できるのであれば、それに越したことはないが、これまでの歴史を見る限りでは、国益に資する方向での解決は、正直言ってかなり難しいのではないか。