100業種・5000件以上のクレームを解決し、NHK「ニュースウオッチ9」、日本テレビ系「news every.」などでも引っ張りだこの株式会社エンゴシステム代表取締役の援川聡氏。近年増え続けるモンスタークレーマーの「終わりなき要求」を断ち切る技術を余すところなく公開した『対面・電話・メールまで クレーム対応「完全撃退」マニュアル』異例の大重版を重ねるロングセラーとなっている。
本記事では、本書における究極のクレーム撃退策「積極的放置」のポイントを、事例とともに特別掲載する。(構成:今野良介 初出:2018年11月21日)

「積極的放置」でクレーマー包囲網を敷く

大衆モンスターのなかで、最も警戒しなければならないのが、善良な市民を装ったセミプロ級のクレーマーです。犯罪一歩手前の悪辣な手口で、金品をかすめとろうとする輩です。

とくに、最近しばしば目にするのが、NPO法人を隠れ蓑にしたモンスタークレーマーです。表向きは、地域で奉仕活動をする模範的な市民ですが、一皮むけば、とんでもない正体をあらわします。

1つの事例を紹介します。

------製麺メーカーの事例---------

「乾麺に虫が入っていた」と、製麺工場に電話が入った。クレーム対応に慣れていない従業員は、あわてて本社に連絡した。

すぐに、お客様相談室の担当者が折り返し電話をかけると、

「いま、そちらに向かっているから、1時間後には会えるよな」

と言われた。しわがれた声だが、有無を言わさぬ強引さも感じられた。

本社近くの喫茶店で面会すると、70代と思しき白髪の老人が名刺を差し出しながら、NPO法人の理事を名乗った。ところが、その口から出た言葉は驚くべきものだった。30分間ほど、政界人脈などを自慢げに話した後、こう切り出したのだ。

「この乾麺、懇意にしている店から買ったんだよ。そこの店長は頭に血がのぼってしまって、本部(販売会社)に連絡すると言っている。そうなると、全国の加盟店から回収しなくちゃならなくなるよな。でも、私は事を荒立てたくはない。いま、店長は私がなだめているから、口止め料を払ってくれないか?」

担当者は即座に、その申し出を断った。その日は、検体として製品を回収して終わった。

しかしその数日後、今度は担当者の直通回線に電話がかかってきた。

「御社が自主回収するとなると、いくらぐらいの損失になるかなぁ。オタク、いくらなら支払える?」

と、話がどんどん具体的になっていく。虫の混入経路など、おかまいなしである。

さすがに担当者も一計を案じて、販売会社や保健所、さらに小売店(店舗)にも連絡し、それまでの経緯を説明した。

その後、製造過程で虫が混入した事実は確認されなかった

担当者は老人にその旨を伝えると、渋々承諾。その後、約1か月間、老人からの連絡はなかった。

これで終結した――。お客様相談室のメンバーの誰もがそう安堵した矢先、老人は、今度は販売会社にクレームを持ち込んだ。販売会社では、すでに事情を把握していたものの、老人の不気味さに戦慄した。

老人は「B社は○○したぞ!」とライバル会社の社名を出しつつ、脅迫めいたセリフも吐いた。

その後、お客様相談室のメンバーは、販売会社の担当者をともなって警察署へ相談に行ったり、小売店の店長を訪問するなどして、足場を固めていった。

一方、老人サイドも「隠蔽工作」をマスコミにリークすると息巻いたり、自分の病弱ぶりをアピールしたり、硬軟織り交ぜて攻撃を仕掛けてきた。

しかし、このケースでは、メーカー、販売会社(本部)、小売店の3社に警察と保健所を加えた「クレーマー包囲網」を敷くことによって、収束させることができた。

かなり手強い相手だったが、刑事事件に発展することもなく、クレーム発生から約2か月後、「いい返事を待っている」という電話を最後に、連絡が途絶えた。

(了)

当初の面談を除けば、老人とのやりとりは主に電話でしたが、最終局面では警察の助言もあって、こちらからは一切、連絡しませんでした。

理不尽な要求を断った後、なにもアクションを起こさないで静観することが「消極的放置」だとすれば、関連部門・機関と連携をとりながら、相手の動向を監視するのは「積極的放置」といえるでしょう。

このケースは、まさに積極的放置の実例です。これこそ究極のクレーム対応と言っていいでしょう。

「積極的放置」が究極のクレーム撃退策である【書籍オンライン編集部セレクション】悪質クレーマーと直接対峙してはいけない Photo: Adobe Stock

この老人が、NPO法人の関係者であることは事実でした。経歴まではわかりませんでしたが、反社会的勢力である可能性もあります。

「善良な市民」だった人が、この老人と同じような企みを抱いたケースも知っています。たとえば、元小学校の教頭で自治会長も務めたことがある人物は、現役を引退後にNPO法人を設立し、災害支援活動を行っていましたが、いつのまにか恐喝まがいの行為に手を染めていました。

「積極的放置」を成功させる3つのポイント

さて、積極的放置を実行する際のポイントを整理しておきましょう。

最も重要なのは、「足場を固める」ことです。

具体的には、次のように3つの観点で考えます。