「不安」にかられた日々
「優勝」と「黒字化」──。
これが、社長就任にあたって、三木谷さんから託された使命でした。
単純な僕は、「よっしゃ、やったるぜ!」と張り切っていましたが、そんな僕に向かって、「まだ歴史の浅い楽天野球団が、優勝するのは難しいよ」などと失礼なことを言う仕事関係の仲間もいました。
もちろん、僕は「そんなことねーよ」と一蹴。ビジネスでは無数のライバルがいますが、プロ野球はリーグにライバルは5チームだけ。ゼロイチでビジネスを成功させるよりも、リーグ優勝するほうが成功確率は高いはず。だから、「お前らがビジネスで成功するより、楽天の優勝のほうが先だね」などと軽口を叩いていたのです。
でも、そうやって強がる反面、内心は「不安」だらけでした。
なぜなら、チーム成績が低迷しているのは「事実」だったからです。
2004年に、50年ぶりの新球団として創設されて以来、パ・リーグでAクラス入りしたのは、野村克也監督のもとリーグ2位となった2009年の一度だけ。翌2010年には6位に沈み、2011年に星野仙一監督が就任してから、5位、4位と順位を上げつつも、2年連続でAクラス入りを果たすことはできませんでした。
ジレンマをどう解決すればいいのか?
そのチームをどうすれば優勝させられるのか?
そんなことは、プロ野球のド素人だった僕にわかるはずもありません。まさに五里霧中、暗中模索。野球をイチから勉強しながら、手探りで動いていくほかありませんでした。
しかも、当たり前のことですが、強化策には「カネ」がかかります。実際、星野監督からは、強力な外国人選手の獲得などの強化策を要請されましたが、それを実行すれば「黒字化」とは逆行することになります。このジレンマをどう解決すればいいか、「答え」は簡単に見つかりそうにはありませんでした。
それだけではありません。僕は、社長就任後、毎日のように球場に足を運びましたが、当時はまだ空席が目立つことが多いのが実情でした。
前社長の島田さんが「新しいチャレンジをしてほしい」とおっしゃったのは、「この状況を変えてほしい」ということだったのではないか。たしかに、この状況のまま「黒字化」を達成することは難しいだろう。新社長である自分がなんとかするしかない……。
ところが、そのためにはどうすればいいのかが全くわかりませんでした。空席の目立つ観客席を見つめながら、ひとり呆然と考え続けていたことを、昨日のことのように思い出します。
「ファン」に喜んでもらうことに徹する
実は、社長に就任すると同時に、僕のもとにはコンサルタントから「経営データ」と「取るべき対策」が届けられました。
そこに書かれていたのは、要するに、「黒字化のために、コストカットを断行すべし」ということ。幹部社員からは、カットすべき経費・施策についての具体的な提案も示されていました。
この提案自体は、しごく真っ当なことです。「黒字化」を達成するためには、大きく分けると、「売上」を上げるか、「コスト」をカットするかのどちらかしかありません。そして、「売上」を上げるよりも、「コスト」をカットする方が簡単だし、すぐに結果が出ます。だから、僕も最初は、「コストカットをするしかないな……」という気持ちでいました。
だけど、入社してから多くの社員たちと対話をすると、僕の気持ちは大きく変わっていきました。
なぜなら、多くの社員たちが、「こんなことをやったら、ファンが喜んでくれるんじゃないか?」というアイデアをたくさんもっていたからです。ただ、「コスト意識」がちょっと強すぎるせいか、「確実に黒字になる」と確信できるまで慎重に考える傾向があるように思えました。
それが、僕にはもったいないような気がしてなりませんでした。もちろん、すべてのアイデアがうまくいくとは限りませんが、可能性があるものはトライしてみるべきだと思ったのです。そうすることで、社員たちのやる気に「火」をつけることもできるのではないか。そして僕は、コストカットをするのではなく、社員のアイデアに積極的に投資することによって、会社を成長させる「道」を選択すべきだと考えるようになりました。
「コストカット」ではなく、「売上のトップライン」を上げる
そこで、僕は、こう腹をくくりました。
「コストカットではなく、売上のトップラインを上げることで黒字化をめざす」
そのためには、とにかく全社一丸となって、ファンに喜んでもらうために全力を尽くすことで、観客動員数を増加させることに「照準」を合わせる。観客動員数が増えれば「黒字化」の可能性が出てくるし、チームの強化に使える原資も増やすことができるだろう。すなわち、優勝できるチームにするために、積極的な投資ができるようになると考えたわけです。
これは、楽天野球団にとっては、全く新しいチャレンジでした。
それだけに、これまでのやり方に順応していた組織全体から、大きな抵抗を受けるのは必至。組織という得体の知れない「大きな生き物」に、たった一人で戦いを挑むような気持ちでした。だから、僕は、「絶対に改革を成し遂げる」と覚悟を決め、「闘志」を振り絞って走り出したのです。
「自分より優秀な人」に助けてもらう
そして、そのときに、改めて心に刻んだのが、メリルリンチで痛い思いをして学んだ、「リーダーは偉くない」という言葉でした。
そもそも、ひとりで成し遂げることができる「小さな目標」ならば、リーダーという存在など必要ありません。多くの人々の力を貸してもらわなければ達成することのできない「大きな目標」だからこそ、リーダーという存在が必要になるのです。
であれば、リーダーが「自分は他の人よりも偉い」などと思い上がっているようでは話になりません。そうではなく、自分の「弱点」や「できないこと」を認めたうえで、それを補ってくれたり、助けてくれる社員たちに、心からの「敬意」を払うことが、リーダーの出発点であるはず。
もっと言えば、自分よりも「優秀な社員」に、思う存分に力を発揮してもらうことに、リーダーの真骨頂がある――。そう考えて、僕は楽天野球団での挑戦に乗り出したのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。