なぜ日米欧へ半導体の製造拠点の分散が進むのか

 台湾から日米欧へ半導体の製造拠点の分散が進む背景には、まず地政学リスクがある。TSMCはこれまで、最先端分野の半導体は、主に台湾国内の工場で生産してきた。なお、現在の最先端は3ナノメートルの回路線幅を持つAI半導体である。

 他方、中国の習近平国家主席は「台湾統一は歴史の必然である」と主張を強めている。台湾海峡の緊迫感が本格化すると、TSMCの生産にも影響を与え、そうなると世界の半導体サプライチェーンは大混乱に陥る可能性が高い。

 台湾有事の場合、米エヌビディアやAMD、マイクロソフト、アップルなどは、自社で設計開発したAIチップの製造をTSMC以外の企業に委託せざるを得なくなるかもしれない。そうしたリスクに備える意味でも、TSMCは一定の半導体製造能力を持つ日米欧に生産拠点を移し始めている。

 背景にはもう一つ、日米欧の主要先進国からの多額の支援もあるだろう。各国とも、自国での半導体供給網の確保は、国家の利益につながると考えている。だからTSMCの工場、特に回路線幅が1桁台の先端チップの工場誘致を目指して、産業政策を強化している。

 一方、TSMCを含む半導体メーカー側からしても、シリコンサイクルの変動(3~4年で山と谷を繰り返す)に対応するため、巨額の設備投資を行う必要性に迫られている。

 また、経済安全保障の観点からしても、主要国政府が民間企業のリスクテイクを支援する重要性が高まっている。半導体の生産能力を高める環境を整えられるかが、中長期的な国力に決定的な影響を与えるといっても過言ではない。

 なお、米国は、大規模な補助金政策を打ち出している。22年8月、CHIPS科学法が成立し、TSMCのアリゾナ工場建設が加速すると期待された。しかし、支給の遅れなどからアリゾナ第2工場(3ナノメートルのチップを製造)は、27~28年に操業開始がずれ込みそうだ。

 また、ドイツ政府は、TSMCがドレスデンで工場を建設すると発表した。22~28ナノメートル、主に車載用の半導体生産を目指す。ただし、欧州諸国はAIの深層学習などに必要なGPU(画像処理半導体)の生産拠点を誘致するには至っていない。