スマホに入っている電話帳の連絡先をアプリに同期させることで、5人の知人がBeRealユーザーであることがわかったのだが、これももともと薄っすらとした関係だった上にもう10年以上会っていない人やおそらく二度と関わることがないであろう仕事関係の人ばかりで、筆者が砕けた日常をシェアしたいと思う相手として、明らかに適切でなかった。

 かくして、筆者が勇気を出して撮影し投稿した、自撮り込みの2日分の日常画像は、誰の目にも触れられることなく、今も電脳空間の暗黒を孤独に漂っている。

 しかし、もし自分が若かったら、気の置けない友人とBeRealを通した日常のシェアは楽しかろう、と思われたのであった。

 そもそも筆者世代(1980年生まれ、氷河期世代)は自撮りすること、およびそれをネット上に投稿することに極めて激しい抵抗がある。加えて社会人になると、「そちらの生活の質はこちらと比べてどうか」という視点がだいぶ混ざってくるので(自分は無頓着なつもりでも、誰かから一方的にそのような視線を当てられることも多々ある)、大学生以下に比べて屈託なく日常画像をシェアするのがだいぶ難しい。

 だからBeRealをやるZ世代より上の年齢層の人たちは、それを押してオープンなマインドの人か、日常のどの部分を切り取って世間にさらしても恥ずかしくない自信のある人くらいで、これら複数のハードルによって上の世代でBeRealは流行っていない。今後さらにBeRealが流行れば上の世代もオープンマインドになりやすくなって、そういう人が増えて、流行る可能性はある。

BeRealの楽しまれ方
「脱・盛りカルチャー」とのリンクも

 Z世代の中でも特に大学生の間で流行しているBeRealだが、どのような点が受けているのか。まず、友人がどこで何をしているのか、あるいは自分のリアルをさらけ出して相手に伝えるのはなかなか面白かろう。

 また、「盛るのがほぼ当たり前」という風潮の特に若い世代の女性の間で、それはもはや時に煩わしく感じられる義務となっているはずだ。そこから解放されることが公に約束された「盛らないSNS」の利用は、気安さがありがたいばかりか、義務から解放される爽快感すら伴うはずである。