2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、ベストセラー『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

「起業参謀」が成果をあげるための5つのポイントとはPhoto: Adobe Stock

メンタリング、コーチング、ティーチングを使い分ける

 ここからは、「起業参謀が成果を上げるために必要な5つのポイント」について解説していこう。以下が、その5つになる。

 1.起業家のレベルに応じてメンタリング、コーチング、ティーチングを使い分ける
 2.「起業家が知るべきだが、知らないこと」を伝える
 3.論理性と共感性のバランス
 4.発散と整理のバランス
 5.思考瞬発力と背景知識の掛け合わせ

ポイント1:起業家のレベルに応じてメンタリング、
コーチング、ティーチングを使い分ける

 メンタリングとは、指導する側(メンター)と指導される側(メンティ)が1対1で対話し、成長支援や示唆出しを行うことだ。メンタリングとは「答えを教える」というスタイルではなく、対話を通じて気づきを与え、「自発的な成長を促す」ことが特徴だ。

 メンタリングは、メンターが人生の先輩やロールモデルとして、メンティの課題に対してアドバイスや経験のシェアを行う。経験や知見をシェアすることで、結果として課題解決のスピードを上げることが可能になる。

 コーチングとは、質問や問いかけなどを傾聴することで、対象者の中から答えを導き出すことだ。アドバイスや経験をシェアすることはしない。メンタリングとコーチングの大きな違いは、対話の中でのアドバイスの有無である。

 ティーチングはその名の通り、先生(ティーチャー)が生徒に授業を行うように経験豊富な人が、経験が浅い人を相手に自分の知見やノウハウを伝える手法である。したがってティーチングにおけるコミュニケーションのスタイルは、指導者から指導を受ける側への一方通行となる。ティーチングは指導者側が明確な答えを持っているという前提で行われることが多い。

 下図でメンタリングの位置付けを見てみよう。

 メンタリングとは他人から問いを与えられ、能動的にインプットを行い、自ら答えを導き出そうとする行為である。もし起業家のレベルがかなり高ければ、自ら問い・答えを導き出せる(上図の左上)。自ら思考の軸を整理できる中級者~上級者とも表現できるだろう。起業家がこのようなレベルに達していれば自分で考えて自走できるので、極論するとメンタリングは必要ない。

 最終的に事業のオーナーシップを持つのは起業家である。起業参謀は、彼らに徹底的に考えさせて、成果を上げさせるようなお膳立てをするイメージを持っておこう。

ティーチング/コンサルティングが必要なケースとは

 一方で、起業家がまだ経験不足の場合には、メンタリング以前にティーチング/コンサルティングが必要なケースもある(下図)。

 たとえば、採用について全く経験のない起業家に対して、採用戦略に関して壁打ちをするケースを考えてみよう。そもそも「母集団形成」「面接によるアトラクト」「構造面接」「ジョブディスクリプション」「ストックオプション」などの、スタートアップの採用における基礎となる知見が欠けていたら、会話にならない。

 そういった場合には、まず起業参謀自らが「スタートアップ採用戦略の概要」について解説するか、もしくは、それに関連する書籍やセミナー動画を見て、基礎固めをしてもらう(ティーチング)のが有効だろう。

 また、起業家側にリソースがあるならば、それを外部専門家に丸投げするコンサルティングを選択することが有効になるかもしれない。

 ただ、単にわからないまま、思考停止のまま丸投げすることは、避けるべきだ。自ら問いを立てることができるレベルに自らの知見を高めることが起業家には、求められる。

 起業家のレベルが低い場合には、指導型(ティーチング型)が求められるが、相手のレベルが上がっていくにつれて、徐々に育成型にシフトしていくということだ。ずっと指導型のレベルに留まり続けるといったことは、基本的にはあってはならない。

ティーチングの手法

 ティーチングとは、起業参謀が問いの提示だけでなく、事例や細かい戦術まで答えもある程度提示してあげることを指す。起業家の中でも、初心者や初中級者まではティーチングが有効だ。

 ティーチングの手法としては、実際にやってみせることや事例の活用、アナロジーを使う、ナレッジを伝える、経験談を話す、書籍やインターネット記事などのコンテンツを示す、実行項目をリストアップするといったことが挙げられる。

 しかし、ある程度自走できるフェーズになると、ティーチングでは効果が薄くなるので、起業参謀が問いは立てるが、答えは起業家が自分で見つけていくようなメンタリングに切り替えていくことが重要である。

高いレベルの起業家への対応法

 高レベルの起業家へのメンタリングについて少し触れておきたい。この段階になると起業家のスキルや知識がそれなりの域に達しているので、自信とプライドが高まっている。実力が確定した起業家には「育成行動」のメンタリングを行うことが重要である。

 育成行動とは、相手が言ったことを受け入れながら説明していくことである。いわゆるパートナーシップ型というコーチングスタイルと同様だ。

 起業参謀は起業家の高いレベルの相談に乗ることが役割で、起業参謀からの積極的な働きかけは不要となる。発散と整理を繰り返す対話の中から、起業家が内面にある思いを言語化できるよう支援するのだ。

 もっとレベルが高くなると、起業参謀からはほぼ何も言うことはない状態になる。

 とはいえ、傾聴の意味はこの段階でもすごくあり、「なぜそういうふうに思っているのか」「その裏側にあるメンタルモデルは何か」を明らかにしていくことは、起業家が前進していくために有効な問いになる。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。