多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
「傾聴」の目的とは何か?
近年、多くの管理職の方々が部下との「1on1」に取り組むようになりました。そこで求められるのが「傾聴」です。「まずは、部下の話しに耳を傾けなさい」というわけです。
ここで質問があります。「傾聴」の目的は何だと思いますか?
一般的には次の三つが傾聴の目的、効果、意味である、と考えられているようです。
1 話し手と聞き手の信頼関係(ラ・ポール)を築くこと
2 話し手の頭の中が整理され意見が明確になること
3 話し手が問題を自己解決できる能力を身につけること
しかし、本当の目的はそこではありません。それらはあくまでも副次的な効果です。
では、本来の傾聴の目的は何なのでしょうか? その答えは、傾聴の開祖である心理学者カール・ロジャーズ(注)の著作の中に見つけることができます。全文を引用すると長くなりますので、途中をカットしながら意味が変わらないように部分引用することにします(引用文中の「クライアント」は「話し手(部下)」、「カウンセラー」は「聞き手(管理職)」というふうに読みかえて読んでみてください)。
「クライアントはカウンセラーが自分の感情に受容的に傾聴していることに気づくにつれて、少しずつ自分自身に耳を傾けるようになっていく(……)自分が怒っていることに気づいたり、どのような時に自分が脅威を感じるのかを認めたり、どのような時に自分が勇気を感じるのかを理解したり(……)彼はいつも否認し抑圧してきた感情に耳を傾けることができるようになる。
とても恐ろしく、無秩序で、正常ではなく、恥ずかしいと思ってきたので、それまでは自分の中に存在するとは認められなかったような感情に対して、耳を傾けることができるようになるのである。
(……)彼は、自分が身に付けてきた仮面を脱ぎ捨て、防衛的な行動をやめ、そして本当のあるがままの姿に開かれるのを見いだす(……)彼はついに、人間生命体にとって自然な方向へと自由に変化し成長することができるようになっている自分を見いだすのである」(C・R・ロジャーズ、『ロジャーズが語る自己実現の道 On Becoming a Person』、諸富祥彦・末武康弘・保坂亨共訳、岩崎学術出版、2022、P62-63)
アメリカ合衆国の臨床心理学者。人間性心理学の代表格であり、1982年に行われたアメリカ心理学会に所属する800名へのアンケート調査「最も影響力のある心理療法家」で第一位に選ばれた。「来談者中心療法」「人間性中心アプローチ」と呼ばれる療法を築き、「傾聴」および「現代カウンセリング」の産みの親であり元祖であると評されている。
「素のままの自分でいる」ことができれば、うまくいく
傾聴の目的、効果、意味とは、聴き手が傾聴している態度が自然に話し手にコピーされ、話し手が自分自身を傾聴できるようになる。すると、話し手が自己否定とそれに伴う防衛的な行動をやめて、自分自身のままでいいのだと気づき、本来持っている能力、活力、魅力を出し惜しみせず発揮していけるようになる。言葉を変えるとすれば、「素のままの自分でいる」ことができるようになる。これが本来の傾聴の目的なのです。
みなさんにも、話を聞いてもらっただけで、アドバイスや助言をしてもらったわけではないのに、モヤモヤが晴れたように頭が整理されて、なんとなく解決策も見えてきたような経験があるのではないでしょうか? それこそ、質の高い傾聴をしてもらった証拠です。
そのとき、あなたは、相手があなたの話を傾聴している態度を知らぬうちにコピーして、あなた自身が自分自身の思いを傾聴できたことによって、あなた本来の能力、活力が湧いてきて、モヤモヤが消え、解決策も自然と見えてきたのです。
これが傾聴のパワーです。話し手が語ることに心から耳を傾けることで、話し手が「素のままの自分でいる」ことができるようになる。それができれば、話し手は自らの力で「問題」を解決することができるようになるのです。
そこに、助言やアドバイスなどは必要ありません。なぜなら、自分の問題を解決する知恵・能力は、本人がもっているからです。助言やアドバイスをするよりも、話し手が「素のままの自分でいる」ことをサポートすることが大事。それこそが、傾聴の目的なのです。
傾聴するために最も大切なこととは?
では、そのような傾聴をするためには、何が大切なのか?
言うまでもありません。話し手にその態度をコピーされる聴き手自身も「素のままの自分でいる」ことこそがいちばん大切ということになります。
有名なカウンセリング記録フィルム「グロリアと三人のセラピスト」の中で、ロジャーズは女性クライエントに対して「あなたは良い娘のように思える」と伝えています。そこには素のままのロジャーズがいます。”いい人”のフリをしたり、”カウンセラー”っぽい役割演技をするのが最もしてはいけないことなのです。
なぜなら、聞き手が”いい人”を演じていると、話し手もそれに合わせて”いい人”を演じてしまい、「素のままの自分でいる」ことができなくなるからです。聞き手が”いい人”の仮面をかぶっているのに、話し手だけが「素の自分」をさらすリスクなど取れません。聞き手が仮面をかぶるなら、話し手も仮面をかぶるしかないのです。その結果、次のマンガのように、話し手は本音を話せなくなってしまうわけです。
だから、傾聴をするためには、”いい人””いい上司”ぶってはなりません。“いい人風味”な上司の部下ほど、「仮面」をつけて「本音」を隠してしまうのです。
これは、「小倉さんって、顔は笑っているけど、目が笑ってないよね」と部下に指摘されたことのある”かつての僕”への反省にほかなりません。あの頃は、”いい上司”を一生懸命に演じようとしていましたが、全くの逆効果だったのです。
だから、みなさんにもこのようにお伝えしたいのです。まずは上司から「仮面」をはずし、「素のまま」でいることがなによりも大切なのだ、と。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。