すると驚いたことに、その店員さんは「3名さまですので、3席をご用意できるまでお待ちいただけませんか?」と言うではないですか。「え? どういうこと?」と思いますよね?

 そのお父さんも驚きを隠さず、「いやいや、僕が赤ん坊を抱っこすれば、2席で足りますよね?」と尋ねると、店員さんは「お子様用の椅子をご用意しますので、3席空くまでお待ちください」と返事。頑ななまでに席に通そうとしませんでした。

 お客さまの立場からすれば、“謎ルール”としか言いようがありませんが、それがお店の方針だとすれば仕方ないのかもしれません。
 でも、だったら着席しているお客さまの席を一つズレてもらって3席をつくるなど、店員さんができることはあると思うのですが、そんな素振りも全く見せません。お父さんも、あきらめ顔で立ち尽くしていました。

「センス」を磨いた人はどこでも活躍できる

 これには、僕もがっかりしました。
 そして、心のなかでこう思わずにはいられませんでした。

「お客さまの立場からしたら、席が空いているのに待たされるのはキツイよな……。どうしたってイライラしてしまう。お店のルールがあるのかもしれないけど、もうちょっとうまくやってくれればいいのに……」

 要するに、僕はこのとき、「いま自分が置かれている環境・状況を俯瞰的に理解して、そこで自分が何をやればみんながハッピーになるかを考え、実行してほしい」と思ったわけです。そして、古来から日本人は、それを「気が利かない」と表現してきたように思うのです。

 誤解していただきたくないのですが、僕は決して、その店員さんを責めたいわけではありません。
 むしろ、ちょっと気の毒に思うのです。なぜなら、きっと彼は、しっかり会社のルールやマニュアルを守っていたのだと思うからです。もしかすると、「ルールやマニュアルから外れることをしてはならない」という指示を受けているのかもしれません。そうだとしたら、店員さんとしては、あのような対応をするほかないわけで、問題なのはお店の経営者(リーダー)ということになるはずです。

 では、経営者はどうすべきなのか?
 僕には“謎ルール”にしか見えませんでしたが、あのルールができたのにはそれなりの理由があったのでしょう。であれば、経営者として、そのルールを店員が守るように求めるのは当然のことです。

 だけど、僕があのお店の経営者だったら、そのルールにこだわりすぎることで、お客さまに不快な思いをさせることのないように、店員には指導すると思います。商売(ビジネス)においては、ルールも大切ですが、お客さまの気持ちも大切。置かれた状況に応じて、「ルール」と「お客さまの気持ち」のバランスをとる「センス」を磨いてもらうことが重要だと思うのです。

 そうでなければ、先ほどのケースのように、不快な思いをさせられたお客さまは、二度とそのお店には行こうとは思わないでしょう。つまり、商売(ビジネス)を成功させるためには、状況に応じて「気を利かせる」ことができるメンバーを育てることが必須条件となるわけです。

 そして、仕事を通して、そういう「センス」が磨かれた人は、どんな職場に行っても「重宝」されるはず。その意味でも、社員やスタッフに「気を利かせる」ことの大切さを伝えるのは、リーダーのすごく重要な仕事だと思うのです。

僕が「炎天下の球場」で社員を叱った理由

 僕はそういう考えでしたから、楽天野球団の社長として、「気の利かない」社員がいたら、たとえ嫌われようがお構いなしに、その場で厳しく指導するように心がけていました。

 たとえば、こんなことがありました。
 2017年、楽天野球団は、地元の醸造元とともに「EAGLES BEER」という地ビールを開発したのですが、これが開幕から大好評。気温が上がっていくにつれ、売れ行きはどんどんと伸びていきました。

 そして、ある晴れた日曜日に行われたデーゲームでのこと。その日は朝から気温が高かったため、いつも以上に多くの「EAGLES BEER」を準備していたのですが、売れ行きはその予想をはるかに上回りました。気がつくと、売り場の前にはお客さまの長蛇の列。炎天下のもと、皆さん暑さに耐えながら並んでくださっていたのです。

 しかし、その売り場を仕切っている数人の社員たちは、それに気づかず、お客さまそっちのけで、「苦労して開発した『EAGLES BEER』を求めて、こんなにも多くの人が並んでくれている」と喜び合っていました。そこで、僕は厳しい口調で注意しました。

「この炎天下でお客さまを並ばせておいて、何を喜んでいるんだ!」

「嫌われる」のもリーダーの仕事

 もちろん、「苦労が報われた」と喜ぶメンバーの気持ちは痛いほどわかります。
「EAGLES BEER」の開発を開幕に間に合わせるために、メンバーがどれほどの苦労をしていたか、僕はよく知っていたからです。

 だけど、それは仕事が終わったあと、飲み会でもやって、喜びを分かち合えばいいこと。今まさに炎天下の中、長時間並んでいるお客さまにしてみれば、「EAGLES BEER」の開発にどれほどの苦労があったかなど知ったことではありません。お客さまの思いはただひとつ。「早くビールが飲みたい」です。

 また、あえて行列をつくることで、商売を繁盛させるという手法があるのも事実ですが、球場に来ているお客さまは「野球」を観に来ているわけですから、ビールを買うために「並んでいただく」のはNG。なるべく早く観客席に戻っていただけるように、僕たちは全力をあげる必要があるわけです。

 そういう状況にあることを俯瞰することができたならば、売り場をアルバイトさんに任せっきりにするのではなく、社員たちは1秒でも早く手伝いに駆けつけるはずです。あるいは、お客さまに日陰で並んでいただけるように、大急ぎでテントを設営してもいいかもしれません。

 それに、ビール売り場のそばには、グッズ売り場があったのですが、その時間帯は、お客さまがほとんどいらっしゃいませんでした。お客さまにしてみれば、すぐそばに暇そうにしているスタッフがいれば、「こっちに来て、さっさとビールを注いでくれよ」と思うのが人情でしょう。

 ならば、グッズ売り場に配置していたアルバイトさんに、ビール売り場の方に回ってもらうこともできたはず。「ビール売り場に何人、グッズ売り場に何人」とアルバイトさんの配置を決めていたとしても、状況に応じて臨機応変に配置を変えるのが、現場を仕切る社員の務めなのです。

 それこそが、「いま自分が置かれている環境・状況を俯瞰的に理解して、そこで自分が何をやればみんながハッピーになるかを考え、実行する」ことだと僕は思います。
 そして、このように「気を利かす」ことができなければ、お客さまに喜んでいただくことはできません。逆に、「気を利かせる社員」がたくさんいれば、お客さまの満足度は高まり、「また、この球場に遊びに来たい」と思っていただけるはずなのです。

 そのことをわかってほしくて、僕は、同じような状況に遭遇するたびに、何度も何度もしつこく社員たちを注意し続けました。
 多分、「また、社長怒ってるよ……」と思われたに違いありません。だけど、それもリーダーの仕事のうちだと思います。なぜなら、「気を利かせられる人材」「センスのある人材.」になってもらうことこそが、一人ひとりの社員のためだし、会社のためでもあるからです。そのために、ちょっと嫌われることは、リーダーにとって「本望」だと思うんです。

(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。