いい加減な「慰め」は残酷である

「正直、楽勝だと思った」
 これは、後になって、森井さんに聞いた言葉です。つまり、「招待券」を使っていいなら、楽勝で「満員」にできると思ったということです。

 実際、彼らは「満員」にすべく、懸命に動き回ってくれました。だけど、結果は惨敗。あれだけ「招待券」をばら撒いて、広告費も使ったにもかかわらず、客足は重く、「満員」には程遠い結果に終わったのです。

 厳しいようですが、僕は「招待券を配っても、満員にできないじゃないか。それが、今の俺たちの実力なんだよ」とはっきりと口にしました。いい加減な「慰め」をするのではなく、厳しい現実から目をそらさず、しっかりと受け止めることが、すべての出発点になると思ったからです。

 森井さんも、「もう格好つけてる場合じゃなかった。あのとき現実を突きつけられて、満員にする策を必死になって考えるようになった。あれが、僕たちの本当のスタートだった」と当時のことを振り返っていましたが、僕も、同じ思いでした。

 あのとき僕は、彼らに厳しい言葉を投げかけましたが、もちろん、彼らを傷つけたかったわけではありません。
 そうではなく、まずは、自分たちの「実力」を直視したうえで、これから一緒に「満員の球場」を実現するために知恵を絞って、汗をかこうという気持ちでいました。そして、僕はリーダーとしてみんなを奮い立たせなければなりませんでした。

 そのためには、どうすればいいのか?
「頑張れ」とか、「君たちにはできる」とか、「やればできる」とか、そういった“励ましの言葉”や“褒め言葉”を投げかけるのは簡単ですが、そんなことで「本気」を引き出せるほど人間は簡単ではないことくらいはわかっています。そんなときに、思い出したのが宿澤広朗さんのことでした。

宿澤広朗という稀有な人物

 宿澤広朗──。

 若い人は、この名前を知らないかもしれません。
 だけど、僕たちの世代にとっては、「ヒーロー」と言ってもいい存在でした。

 早稲田大学ラグビー部のレギュラーとして、2年連続となる日本一に貢献したほか、大学2年のときにはラグビー日本代表にも選出。その後、住友銀行(現・三井住友銀行)に入行し、着々と実績を積み上げ、ある時期には、ご自分が任された部署で、三井住友銀行の収益の約半分を上げるほどの大活躍をされました。

 その間、ラグビー日本代表監督も務め、世界最高峰の強豪スコットランドを相手に「大金星」をあげるなど輝かしい実績をあげる一方、銀行では、当時の銀行業界では異例のスピードで、常務執行役員、専務執行役員と出世。しかし、いよいよ頭取かというタイミングだった2006年に惜しくも急逝。まさに「文武両道」を絵に描いたような人生を歩んだ、稀有な人物が宿澤広朗さんなのです。

 僕が宿澤さんと初めて出会ったのは、30歳になるかならないかという頃のこと。
 ゴールドマン・サックスで営業マンをしていた僕は、当時、まったく取引関係のなかった三井住友銀行に営業をかけようと画策。同行のキーマンのひとりだった宿澤さんがラガーマンだったこともあり、あまたある「業者」のひとりとしてアプローチをかけたのです(僕自身、慶應大学ラグビー部でプレイしていたラガーマンでした)。

 当初は、ほとんど相手にされませんでしたが、毎日のようにご連絡を差し上げ、さまざまな「情報」をお伝えするうちに、徐々に可愛がってくださるようになりました。そして、親しくお付き合いをさせていただけるようになると、僕は、その才覚とお人柄に完全に魅了されてしまいました。ビジネスを超えて、心から尊敬する存在になったのです。

 もちろん、だからと言って、宿澤さんがゴールドマン・サックスが有利になるように、社内で口をきいてくださるわけではありません。
 だけど、宿澤さんに可愛がられている「存在」であることが、僕の営業活動をおおいに後押ししてくれました。そして、気がつけば、当初はほとんど取引がゼロだったのに、ゴールドマン・サックスと巨額の取引をしていただけるようになっていました。

 しかも、これは宿澤さんがお亡くなりになったあとに、ある人物から教えていただいたことですが、宿澤さんは、ゴールドマン・サックスの僕の上司に、「立花を昇格させてくれ」と言ってくださったそうです。その意味でも、僕の大恩人なのです。

「頑張れ」という言葉は無力である

 そして、自信を失った楽天野球団の社員たちを前に、僕は宿澤さんの言葉を思い出していました。それは、宿澤さんのご著作である『TEST MATCH』(講談社)で、日本代表監督時代のことを振り返りながら記された、こんな一節です。

「“絶対に勝て”とか“死ぬ気でがんばれ”とか言うのは比較的やさしいことである。また、そのような言葉で選手の気力を向上させることも容易な場合がある。
 しかし本当に必要なことは、“絶対に勝て”ということより“どうやって”勝つのかを考え指導することであり、“頑張れ”というなら”どこでどのように”具体的にかつ理論的に“頑張る”のか指示することではないだろうか」

 この言葉には「重み」があります。
 なぜなら、宿澤さんは、ラグビー日本代表監督として、まさにこれを実践することで、強豪スコットランドを破るという「大金星」を挙げたからです。その経緯を簡単にご紹介しましょう。

 宿澤さんが代表監督に就任したのは1989年2月のこと。
 その監督就任記者会見で、間近に迫っていたスコットランドとのテストマッチ(ラグビーにおいて国同士が威信をかけて戦う真剣勝負)について、「スコットランドには勝てると思います」と発言。ちょっとした物議をかもしました。

 というのは、スコットランドは、世界ラグビーの最高峰に位置する強豪だったからです。1971年以来、スコットランドをはじめとする強豪国とテストマッチを重ねてきた日本ですが、ただの一度も勝ったことがありませんでした。しかも、100点差をつけられての惨敗も珍しくなかったのです。

「こうすれば勝てる」という確信を伝え続ける

 しかし、宿澤さんは単に「大口」を叩いたわけではありませんでした。
 スコットランド代表を徹底的に研究した結果、相手の弱点を徹底的に突くとともに、日本の強みを最大限に発揮することで勝機を見出せると判断していたのです。

 どういうことか?
 スコットランドは巨漢揃いですから、日本が力負けすると考えるのが普通ですが、宿澤さんは、そこに勝機を見出しました。

 日本のフォワードにタックルの強い選手を並べ、スコットランドの巨漢のフォワードのスピードが乗る前に、その動きを封じ込める。そのうえで、俊敏さで上回る日本のバックスがトライを狙う戦術を徹底できれば、5割の確率で勝てるとはじき出したのです。

 ただし、問題は選手たちを「その気」にさせることでした。
 なぜなら、スコットランドは完全なる「格上」。全員が、「勝てるはずがない」と固く思い込んでいたのが実情だったからです。初めて代表選手を集めてミーティングをしたときも、宿澤さんが「スコットランドに勝てる」と断言すると、全員がびっくりしたような顔をしていたそうです。

 そこで、宿澤さんは、「“どうやって”勝つのか」を何度も繰り返し、選手たちに伝え続けたと言います。
 スコットランドの過去の試合のビデオを見せながら、相手の「弱点」を理解させたり、来日したスコットランド代表の試合を見に行って、宿澤さんの言うとおりの「戦い方」をしていることを共有したり、あらゆる機会を捉えて「“どうやって”勝つのか」を伝え続けました。

 そして、その「戦術」に基づいた練習を徹底的に行うことで、徐々に選手たちの「顔つき」が変わっていったそうです。「自分たちが得ている情報は正しい」「練習どおりのプレイができれば、スコットランドの弱点を突くことができる」ことが実感できるようになり、「俺たちは勝てる」という自信が備わっていったというのです。

歴史的勝利の「舞台裏」

 そして、5月28日の試合当日──。
 秩父宮ラグビー場には約3万人のサポーターが駆けつけ、異様な熱気に包まれたそうです。

 そんななか、日本代表チームは大善戦。後半に入って日本がまさかのリードを奪うと、名誉にかけて負けるわけにはいかないスコットランドの巨漢フォワードが、鬼の形相で波状攻撃を仕掛けてきました。しかし、日本人選手が練習通りのタックルで防戦して、なんと逆転を阻止。ついに日本チームは、28-24で歴史的な勝利を収めたのです。

 ラグビーファンにとっては、まさに悲願達成。
 いまだに語り継がれる「大金星」ですが、その背景には、「スコットランドに勝てるはずがない」と思い込んでいた選手たちを「その気」にさせた、宿澤さんのリーダーシップがあったのです。

 そして、宿澤さんは、選手たちに「絶対に勝て」とか「死ぬ気で頑張れ」と言った精神論で鼓舞しようとはしませんでした。そうではなく、「“どうやって”勝つのか」を明らかにして、それを繰り返し選手たちに伝えるとともに、そのための練習を徹底的に行なったのです。

 僕は、これはビジネスでも同じだと思います。
 自信をなくした部下がいると、ついつい僕たちは、「頑張れ」「負けるな」「大丈夫」などの声がけに終始しがちですが、そんな精神論など何の薬にもなりません。それで、自信を取り戻すことができるならば、リーダーなんて楽なものです。それは一見、リーダーが鼓舞しているように見えますが、実際のところは、リーダーのフリをしているに過ぎないのではないでしょうか。

 それよりも、「“どうやって”勝つのか」「“どうやって”結果を出すのか」を、リーダーの責任で明らかにすることが大切だと思います。
 そして、それを徹底的に部下に伝え、実践を促す。それを積み重ねることで、「あ、これ、行けるかも!」という感触をもったときにはじめて、部下は「自信」と「やる気」を取り戻してくれるのです。