「チケットを売ってるのではなく、感動を売っている」

「では、俺はどうすればいい?」
「招待券」を配っても「満員」にできなかった社員たちを前に、僕は自問自答しました。もちろん、球団経営の“初心者”だった僕には、宿澤さんのように「“どうやって”勝つのか」を明確に思い描くことはできません。だけど、これだけは言えると思いました。

「俺たちは、チケットを売ってるんじゃない。『ワクワク』や『感動』を売っているんだ。そして、球団にとって一番のコンテンツは試合であり、選手のプレイにほかならない。その素晴らしさをもっとお客さまに伝えていかなければならない。

 だけど野球は、勝ったり負けたりするもので、いつでも『ワクワク』してもらえるわけではない。だから、『楽しいイベント』『おいしい食事』『綺麗なスタジアム』などをアピールしていく必要もあるだろう。

 愚直にそういう努力を積み重ねれば、きっと球団のファンになってくださる方は増えるはず。そして、必ず球場を満席にできるに違いない」

 その第一弾となったのが、「ポスター貼り」です。
 2013年シーズンの開幕直前に、「4月2日ホーム開幕!」と大書したポスターを大量に印刷。スカウト陣を含めた全社員を動員して、仙台市内の会社や飲食店に「ポスターを貼ってください」と頭を下げて回ることにしたのです。

 もちろん、社長である僕が率先して頭を下げて回りました。営業マンとして負けるわけにはいかないと、気合いを入れて「お願いします!」と町中を行脚しました。
 こうした取り組みは、球団創設以来初めてのこと。おそらく、他の球団でもやったことがなかったのではないでしょうか。だからこそ、地元のテレビも面白がって取り上げてくれたりもしました。

リーダーにとって「最大の楽しみ」とは?

 これが、社員たちにもたらした効果は大きかったと思います。
 まず、数多くの方々と会話をさせていただくことで、一度も球場に来たことがない人が、こんなにもたくさんいることを実感できたことが大きかった。楽天野球団が提供できる「感動」と「ワクワク」を積極的にお伝えしていけば、もっと多くの方々にファンになっていただける可能性があることがわかったからです。

 しかも、いろいろな方々にお声がけをしたことで、それなりの手応えもありました。
 けんもほろろに追い返されるようなこともありましたが、快くポスターを貼ってくださる会社や飲食店もたくさんありましたし、その場でチケットを買ってくださる方もいらっしゃいました。さらに、お知り合いにも「楽天野球団が頑張ってるから、応援に行ってあげてよ」などと声がけしてくださる方もいらっしゃいました。

 そして、シーズンが開幕すると、尻上がりに観客動員数は増加。積極的に楽天野球団の魅力を伝えることによって、観客動員数が増えることを実感することで、社員たちも少しずつ「その気」になっていきました。

 すると、「こんなことをやったら、お客さまは感動してくれるのでは?」などと、徐々に、社員たちからの提案が増え始めます。
 もちろん、思惑通りにいかないことも多いですが、ずっとやり続けることで、少しずつ「成功体験」が増加。そうなると、あのときのラグビー日本代表選手と同じように、社員たちの「顔つき」が変わっていきます。「自分たちの力で、球場を満員にできる」という自信が芽生えるのです。

 ここまでくれば、あとは現場の「自発性」に任せることで、どんどん「結果」が出始めるはずです。だから、リーダーは一歩引いて、大きな方向性をコントロールするポジションに立てばよいと思います。

 ただし、社員たちが「自信」をもって動き出すきっかけは、リーダーが提供しなければなりません。そして、その方法はただ一つ。「“どうやって”勝つのか」を提示して、実践を通して社員たちに「成功体験」をさせることです。僕は、それこそが、リーダーの「最大の楽しみ」ではないかと思っています。そして、宿澤さんも、きっとそうだったはずだと想像しているのです。

(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。