「パーマネントをかけた洋装女」の悲鳴を小気味よく眺める人たち

 日米開戦1年4カ月前の1940年夏、読売新聞で、当時「非国民」の象徴として叩かれた「パーマネントをかけた洋装女」が公衆の面前で恥をかかされた、という珍事が報じられ大バズりしている。

 名古屋市内の広小路を走る市電に、髪にパーマをかけた派手な洋装女性が乗り込んできた。乗客一同がまじまじと顔を見るほどのケバケバしさに戸惑う中で、1人の青年が立ち上がって女性に「そのパーマネントは幾らでした」と質問した。女性が「13円よ」(今の価値で5万円ほど)と答えたところ、この青年は「時勢を知れっ」と「雀の巣」のような女性の髪に、手を突っ込んでグシャグシャとかき回したというのだ。

「当時の日本人は軍国主義で狂っていた」というよく聞く言い訳が成り立たないのは、これがまだ日米開戦もしていない時に起きているからだ。映画館では「ロビンフッドの冒険」などアメリカ映画が人気を博して、アメリカの文化に憧れる人もたくさんいた時代で、「非常識で無礼な女」は公衆の面前で恥をかかされた。

 しかも、注目すべきはこの青年の行動よりも、周囲の人々の反応である。

《「きゃッ」という彼女の悲鳴にも乗客たちが”それが当たり前”と言わんばかりに小気味よげに眺めるばかり。雀の巣女史はまっかになって退散》(読売新聞1940年8月26日)

「おいおい、いくらなんでもそれはやりすぎだろ」といさめることをする人が一人くらいいてもいいはずだが、その場にいた乗客はすべて「自業自得」と冷笑しながら傍観していたというのだ。

 個人的にはこの「雀の巣女史」の令和バージョンが、「ママチャリの人」だと思っている。

 それほどの悪事を働いたわけでもないのに、AIで顔変換されるなど公衆の面前で「さらし者」にされてしまっている。にもかかわらず、その場にいるSNSユーザーは誰も彼女に手を差し伸べず、「かわいそうだけど面白いよな」という感じで「小気味よげに眺めるばかり」で、結果として、動画の拡散に加わっている。

 「雀の巣女史」が真っ赤な顔をして逃げていくのを見て溜飲が下がったのと同じく、イジり倒される「ママチャリの人」を見て、どこか胸がスッキリしている日本人がたくさんいるのだ。