「縛ってちょうだい」
介護職員に懇願する家族

 施設がスタートするとき、私は研修で、この施設ではチューブではなくて口から食べることと身体拘束は一切しないことを話して、口から食べることがどれだけ大事なことであるかとか、身体拘束がどれだけお年寄りにとってマイナスになるかということを職員に説明したつもりでした。

 でも職員は「うちは身体拘束できない」「うちはチューブじゃなくて口から食べるから」と結論だけをぽんと家族に押しつけるように言ったわけなんです。ムラカミさんの妻は「行った先々で翻弄されるのはもう嫌だ」と言って、お願いだから縛ってくれと頭を下げるわけです。

 私は「職員の言い方が失礼だったかもしれないけれど、うちは身体拘束はしません。身体拘束をしたらもう介護じゃなくなるからです」と言って、頭を下げました。妻は最後には「もうええ、あんたには頼まん」と言って、職員ひとりひとりに「縛ってちょうだい、ミトンをつけてちょうだい」って頭下げるんです。

 すると職員から、「家族が縛ってくれって言っているんですよ。縛らなくていいんですか」「家族が縛ってくれと言うのを縛らないで事故があったら、訴えられますよ。職員は辞めますよ」という意見が出てきました。追いつめられた私は一瞬、たかがミトンじゃないかって思ったんです。

「一度ミトンをつけて、徐々に外していってもいいんじゃないか」と黒い光子さんが言う。白い光子さんは、「1回でも身体拘束したらもう駄目だよ。それはもう介護じゃないし、それはあんたのやりたい介護に反する。ここが踏ん張りどころだよ」と言う。

 とうとう私はぶれて「みんなで話し合って決めて」って言ってしまったんです。ずるいですよね。

 職員は話し合って、職員がムラカミさんの部屋にいられるときはミトンを外す。だけど、職員がついていられないときにはミトンをつけるという結論を私のもとへ持ってきました。私はそれを聞いて「もうちょっとちゃんと考えなさい」と言って返しました。

 その日の日誌に、新人たちが「みんなで話し合って、ムラカミさんのケア対応を考えたのに、高口さんが言うこと聞かないから、もう一度みんなで話し合うことになりました」と書いていました(笑)。