介護写真はイメージです Photo:PIXTA

介護保険制度の改悪や人手不足など介護の現場では問題が山積みだ。また、そこで働く職員のなかでも方針の違いなどがあるという。介護現場の葛藤を上野千鶴子氏と高口光子(正しくははしご高)氏が語る。本稿は上野千鶴子・高口光子著『「おひとりさまの老後」が危ない! 介護の転換期に立ち向かう』(集英社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

寝たきりにしない、身体拘束しない施設に
つきつけられる厳しい現実

高口 とにかく、望まれたニーズには応える。選ばない、断らない、見届けるというのが私が立ち上げに関わった老健(介護老人保健施設)のテーマでした。具体的に言うと、どんな重度の人でも寝たきりにしない、それまでの生活習慣を大事にする、持てる力を活かす、そして身体拘束はしないということでした。

 こういう方針を明確に出したんですが、やっぱりつきつけられるわけですよ。「身体拘束しなかったら立ち上がりますよ、歩き出しますよ、転びますよ」って。「痛い思いするのはお年寄りですよ、それでいいんですか、高口さん」と。「高口さんはお年寄りのことばっかり考えているけど、職員はどうなるんですか」とか。

上野 介護職があなたにそう言うの?

高口 そう言ってくるのは、ほかの介護施設を経験してきた職員たちですね。開設1年目のとき、そういうことがどんどん出てきたんですよね。

上野 なるほど。どれも言いそうなことばかりね。

高口 鼻に入れているチューブを取ってしまうムラカミさんというおじいさんが、ミトンをつけて入居してきました。ミトンっていうのは大きな手袋のことで、認知症のある人が点滴や胃ろうのチューブを抜いたり、自分でおむつを取ったり便をさわったりしないように、両手につけて行動を抑制するためのものです。

 この方が入居してきたとき、職員が家族に「ミトンは外しますね。うちは介護施設だから身体拘束できないんです。チューブも外してできるだけ口から食べましょう」と言って、ミトンを外したんです。そうしたら、ムラカミさんの妻が怒鳴り込んできました。

 ムラカミさんは病院に運ばれるたびに医師から、このままだったら餓死しますよって言われて、妻は「ごめんなさい、ごめんなさい」って言いながらチューブを入れたって言うんですね。

 悩んで悩んで入れたチューブなのに、この老健に来た途端に「外しますから」と言われて「あんたたちは何がしたいんや!」ってものすごく怒って来られたのです。