どうしたのよ。私の顔になんかついてる?
「年頃になったら人前ですっぴんは失礼」。そう聞かされて育ってきた私は、あまり深く考えもせず、毎朝メイクをしていました。すっぴんだと「ごめんなさい」と謝らなければいけない心持ちで過ごしてきたのです。
あまりにマジマジと見つめていたせいか、会議後、アネゴが怖い顔をして廊下で私を引き留めました。
「どうしたのよ。私の顔になんかついてる?」
正直に訳を話すと、アネゴはお腹を抱えて笑っているではないですか。
「そんなこと考えてたの! あのね、メイクってディナーとか、イベントとか、ここぞっていう時にするものよ。毎日顔を合わせる同僚の前で気張ってどうするのよ」
少しばかり打ち解けてきたソフィアは退社直前、オフィスの自席でおもむろにコンパクトを開いたと思ったら、パッパと粉を叩き、長い睫毛にマスカラをピュッ、さっと口紅をひいておしまい。ものの1分で終わる超簡単メイクをしています。
毎晩じゃないわよ、スイッチ・オンの時だけよ!
「夜だけメイクしてるの?」
何気なく聞いてみると、
「毎晩じゃないわよ、スイッチ・オンの時だけよ!」
との回答です。
ツッケンドンな彼女はそれ以上説明しません。私なりにソフィアの言うことを解釈してみると、デートは「スイッチ・オン」。そして毎日のお勤めは「スイッチ・オフ」。オフィスで女らしさを演出する必要はない、そういうことなのでしょう。
私が感心してしまったのは、「スイッチ・オン」にするか、「オフ」にするかは、パリジェンヌが自分で決めるということです。周りに気を使って、もしくは人目を気にしてメイクをするなどということはしません。ましてや、「すっぴんだから謝る」などという発想は皆無なのです。
考えてみれば、「メイク顔」の反対語は「ノーメイク顔」。「すっぴん」という表現は、フランス語にも、英語にも存在しません。「すっぴん」の語源については諸説あるようですが、漢字で「素嬪」と書き、「素でもべっぴん」という説が有力です。べっぴんとは「美人」「綺麗な人」という意味ですから、「すっぴん」は言い換えれば「素=ありのままで綺麗な人」ということになります。それがいつのまにか「ノーメイクの顔」を指すようになり、しかも「失礼なモノ」「恥じるべきモノ」という本末転倒の使い方をされるようになったのです。
パリジェンヌがノーメイクで素敵に見えるのは、本来の意味での「すっぴん」を体現しているからなのかもしれません。そう思った私は、その翌日、思い切ってすっぴんで出勤してみました。
思いつきでやってみたことですが、これが私にとって大きな転機になりました。
※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。