「四季」など数々の名曲を生み出した18世紀の音楽家ヴィヴァルディ。当時のショービジネス界で大活躍しながら寂しい晩年を迎えた彼の人生と、20世紀に入って人気が復活した背景について、『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカーー500年の物語』など多くの著書がある会計士で、音楽をこよなく愛する田中靖浩氏が分析します。

寂しい晩年を過ごしたのち200年を経て人気が復活したヴィヴァルディの人生<希代の音楽家に「稼ぐ力」の秘訣を学ぶ:その4>ヴィヴァルディの肖像画

拙著『会計の世界史』にて「簿記と銀行の発祥はイタリアである」と書いたところ、大きな反響がありました。皆さん、陽気なイタリアのイメージと堅苦しい簿記が結びつかなかったようです。

イタリアには中世以来「記録を重視する」文化があります。それゆえ今回紹介する18世紀の音楽家ヴィヴァルディについても、ヴェネツィアでの生まれ育ちから活躍ぶりまで、かなり詳細に知ることができます。「赤毛の司祭」だった彼はお堅い立場でありながら、ショービジネス界でも活躍しました。

有名な「四季」をはじめ数々の名曲を生みつつ、作曲家、演奏家、興行主として大活躍したヴィヴァルディ。しかし彼の死はとても寂しいものであり、死後、音楽業界から“栄光の記録”はほとんど忘れられていました。

しかしヴィヴァルディは20世紀になって復活を果たします。再びの「春」がやってきたキッカケは新メディアの登場でした。

劇場の経営再建まで成し遂げた経営の才

ヴィヴァルディが活躍した頃まで、東方貿易の窓口だったヴェネツィアは近隣地域と戦争を繰り返しました。その戦いは多数の孤児を生むことになります。孤児、捨て子らは教会が運営する孤児院で保護されました。施設では子どもたちの経済的自立を支援するために「音楽教育」が行われました。ヴィヴァルディはそこで少女たちに歌や楽器演奏を教える音楽の先生だったのです。

指導を受けた少女たちの出演する演奏会は有料であり、それは施設の貴重な収入源となっていました。観客は恍惚として「天上から降りてきたような」響きを楽しんだそうです。ここでヴィヴァルディ先生、演奏に感動した観客に対して「おみやげ」の譜面を売り込んでいました。生徒たちを指導しつつ、演奏会運営で金儲けにも成功したヴィヴァルディ先生、「教会以外での演奏会」にも手を広げます。ここからお堅い音楽教師の快進撃がはじまります。

ヴェネツィアの18世紀といえば、すでに経済の盛りを過ぎています。大航海時代の覇者スペインやオランダに経済の主役を奪われた老年の風情。しかしそこでは栄光の昔を懐かしむような祝祭や接待の宴が行われていました。表向きはきらびやかなオペラ劇場のなかには、激しい競争の末に経営難に陥るところも出てきます。ヴィヴァルディはそんな劇場に乗り込んで支配人として再建を成し遂げます。

どんな曲をつくればいいのか、どの演目を選ぶべきか、その曲にふさわしい歌手は誰か。それらのすべてを取り仕切り、成功させた彼には「観客の心をつかむ」たしかな才能がありました。「赤毛の司祭」は教会の外のショービジネス界においてもマルチな才能を発揮したのです。

ヴィヴァルディがかかわったサン・タンジェロ劇場の舞台背景制作に携わっていたのが、後にヴェネツィアの誇る風景画家となる「カナレット」ことジョヴァンニ・アントーニオ・カナールです。繊細にして雄大、叙情的な「カナレット」のヴェネツィア風景画展が2024年10月からSONPO美術館にて開催されます。興味のある方はぜひお訪ねください。

絵画:「サンマルコ広場」カナレット絵画:「サンマルコ広場」カナレット

200年前から堀り起こされたヴィヴァルディ

ヴェネツィアで大活躍を見せたヴィヴァルディですが、晩年、興行失敗や権力者とのトラブルに見舞われます。心機一転をはかりウィーンを訪れた彼、残念なことにそこで体調を崩して亡くなりました。庇護者を失い、失意のうちに亡くなった彼の遺体は貧民墓地に袋ごと葬られました。その後、彼の名はしばらく聞かれなくなります。生前の活躍を考えるとなんとも寂しい最期。

そんなヴィヴァルディが奇跡の復活を果たし、人気者に返り咲いたのは20世紀になってからのこと。その復活に手を貸したのは、なんとレコード会社でした。

20世紀前半には音楽をめぐる驚異的な技術革新がありました。まずはラジオという「遠くでも聴ける」技術、次いでレコードという「いつでも聴ける」メディアの登場です。
片面30分のLPレコードが登場したとき、レコード会社は「過去の名曲を掘り起こす」作業を行いました。この音楽考古学の成果として発掘されたのが、200年以上眠りについていた「四季」です。

ベートーヴェンやブラームスといった重苦しいドイツ音楽とはまるでちがった軽やかさをもつ「四季」。これを当時無名のグループ、イ・ムジチが録音してレコードを発売するや大ヒット、世界中で数百万枚というミリオン・セラーを記録します。レコードという新メディアがヴィヴァルディを商業的に復活させたというわけです。

新しいメディアが過去の音楽を復活させる――なんとも夢のある話です。音楽がレコードやCDを経てデータ化された今、かつての「ジャケ買い」がなくなったことには一抹の寂しさを感じますが、この先にもきっと復活や誕生があることでしょう。未知なる音楽との素晴らしい出合い、それを楽しみに待つことにしましょう。