青島都知事の就任で
都市博は中止に

「お先に失礼します」

 浮かない顔、元気のない声でオフィスを出ていく紺野君を追いかけた。

「紺野君!カードローン、つまんだらしいな。来月の給料でキレイにしておいたほうがいいぜ。人事部が見ているらしいからな。それに、サークルの後輩から回収できるのか?」

 自分の銀行のカードローンを使えば、その情報は銀行側に筒抜けである。これは拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』にも著した。おかしな話である。自分たちの目標達成のために、行員に対し有無を言わさずカードローンを契約させておいて、実際に金に困って利用すると、今度は犯罪者のように監視されるのだ。こんな理不尽なことがあるだろうか。

 紺野君は無言で横に首を振る。

「僕、九州の大学なんで東京のイベントとか後輩たちも行けないんです。遠くて無理ですよ」

「そうか、そうだよな。俺もさ、迫田さんから買わされたんだよ。あんまりしんどかったら、いつでも相談しろよ」

「すいません。ありがとうございます」

 紺野君が謝る話ではない。悪いのは迫田さんであり、都庁のお偉いさんだか何だか知らないが、くだらないノルマの犠牲者になってしまったということだ。

 当時、都市博開催には「やる意味が分からない」といった疑問の声が多かった。明らかにバブルが弾け、連日のように、不良債権だの、貸し渋りだの、貸しはがしだの、銀行に限らず世の中全体が暗いムードに進んでいると、誰もが感じていた。

 東京は1千万人以上の人口を抱え、ヨーロッパやアフリカにある小さな国の国家予算より大きな財政が動く。都知事のかじ取りは極めて重要だ。

 鈴木都政の16年は、日本が最も豊かだった80年代を象徴し、バブルの始まりから終わりまで続いた。都市博開催は、鈴木都政の悲願だったのだろう。しかし1995年の都知事選で、都市博中止を公約に掲げた青島幸男氏が当選する。鈴木氏は出馬せず、後継を自認した石原信雄氏は落選した。都市博の開催可否を民意に問う形が、この投票結果になって表れた。

 青島都知事は、公約通り都市博を中止にした。既に建設や準備がかなり進んでおり、中止にしたところで莫大な損失が発生しただろうが、それでも中止という決断をしたことを、私は評価したい。私にとって、選挙で世の中が変わるということを実感できた、初めての出来事だった。