「不良債権」となった
我々の前売り券

 迫田先輩は、1995年4月の都知事選とほぼ同時に、吹田支店から都内の主要ターミナル駅にある大規模店に異動となった。コネ入行、かつコネ異動。親の七光りだと皆が揶揄した。去り際さえも揶揄されるような人間にだけはなりたくないと感じた。

 問題はその後に起きた。中止になった都市博前売り券の払い戻し方法が新聞に掲載された時、初めて気づいた。私は前売り券をもらっていなかったのだ。

 8月から旅行代理店やJRの窓口で払い戻しを受けるには、当然ながら前売り券が必要だった。周囲の被害者たちにも聞いたが、前売り券は後で配ると迫田さんは言ったきり、誰も受け取っていなかった。

「おい、目黒?聞いたか、迫田先輩のこと」

 一緒に前売り券を買わされた白石さんが、仕事中に声をかけてきた。

「退職しとったわ。先月、突然らしい」

「えっ?」

「例の都市博、早く前売り券くれって電話したやんか、迫田さんの支店に」

「連絡先とか分からないんですかね?」

「分からんわ。迫田さんの支店に同期のもんがおるから聞いたんやけど、ええ辞め方しとらんかったらしい。細かいこと説明せんもんやから、かなり口止めされとんやろな。連絡なんてでけへんようになっとるわ」

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 こうして、我々の前売り券も「不良債権」になってしまった。残念だが、諦めるしかなかった。今でこそ色々と訴えを起こす手段は思いつくものの、当時はその気力も時間もなかった。やるせない思いだけが残った。

 現在、都知事選の選挙期間が続いている。選挙は、時に世の中を変えることがある。そう思いながら、各候補者の主張に耳を傾けてみる。神宮外苑の樹木伐採、東京オリンピック、都庁のプロジェクションマッピング…。自分の考えをここに書こうと思えば書けるものの、やはり特定の候補者への肩入れになるのは避けるべきと感じ、今日はここで筆を止めておく。

 この銀行に勤め、数十年という時が過ぎた。さまざまな時代が通り過ぎていった。今日も私はこの銀行に感謝し、懸命に業務を遂行している。

 たまには投票に行ってみようかな。

(現役行員 目黒冬弥)