まわりの同期がどんどん出世していく中、自分だけ出遅れている。自分はいつになったらやりたい仕事で成果を出せるようになるのだろう? 徐々に開いていく実力の差に、焦っている人も多いだろう。
キャリアの壁にぶつかり、不安になったときに読んでもらいたいのが『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』だ。フリーライターとして約30年の経験を持ち、これまで3000人以上の著名人にインタビューをしてきた上阪徹氏。大企業の社長や起業家、俳優、作家など、いわゆる社会的に成功した人に取材する中で、「どうして、この会社に入られたのですか?」「どうして、この仕事を選んだのですか?」とたずねてきたという。一流のビジネスパーソンたちが「成功する前の下積み時代をどう過ごしていたのか」が、具体的なエピソードとともに解説されている本書。
今回は、そんな本書のエッセンスをご紹介する。(文/川代紗生、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

彼らが成功する前に大切にしていたことPhoto: Adobe Stock

苦手なことを「克服する」「避ける」どっちが正解?

「苦手なこと」を克服するべきか、避けるべきか。

 働いていると、誰もが一度はめぐりあう分岐点ではないだろうか。

 たとえば、「人と話しても盛り上がらない。初対面の人といると異常に緊張してしまう」という苦手意識があるとしよう。

 社会人として働く上でコミュニケーションは必要不可欠と考え、会社のトレーニングを受けたり、交流会など初対面の人と話す機会を積極的に増やしたりして、苦手克服に努める人がいる。

 一方、「苦手意識は生まれつきのものだから、諦めて、得意分野を伸ばそう」という考え方もある。

 人と話すのはどうしても向いていないから、できるだけコミュニケーションが少ない仕事を選ぼう。たくさん話さなければならない営業のような仕事は避けよう。そんなキャリア戦略も一つの選択だ。

 けれど、どちらを選べば後悔が少ないか、というのは、簡単に判断できることではない。

 選択をして10年後、「苦手分野に注力するよりも、得意を伸ばすために時間を使えばよかった」「みんなが当たり前にできることができないのが、思ったよりしんどい」といったように、後悔してしまうケースもあるはずだ。

元ソニーCEOが語った「苦手」との向き合い方

 誰しも判断には迷うはずだが、本書によれば、「苦手」という感情の解像度を上げることが肝心だ、ということがわかる。

 フリーライターとして約30年の経験を持ち、これまで3000人以上の著名人にインタビューをしてきたという著者の上阪氏は、成功者たちの「キャリアの分岐点」をたずねる機会も多かったという。

 そんな上阪氏は、ビジネスパーソンとしての自分の人生を考える上で、どれだけがんばってもストレスを感じてしまう分野もあるため、「嫌いなこと」ははっきりさせたほうがいい、と前置きした上で、さらにこう語っている。

ただし、嫌いと苦手は微妙に違う、ということは知っておいたほうがいいと思います。できないから嫌いになっている。苦手だから嫌いになっている。嫌いだから苦手になっている、というケースもあるからです。(P.66)

 上阪氏はそれを、ソニー元会長兼グループCEOの出井伸之さんにインタビューした際に学んだそうだ。

 ソニー黎明期の1960年代に新卒入社し、1995年に57歳でソニーの社長に就任した出井さん。「14人抜きの抜擢」と大きな話題になった。

 そんな出井さんはもともとヨーロッパでの事業に興味があり入社したそうだが、配属されたのは、花形である「輸出部門」ではなく「輸入部門」だったという。やりたい仕事には就けなかったわけだ。

 しかしインタビューでは、出井さんはこう語ったらしい。

配属が決まって嫌だな、と思うのは、苦手だからだ、と出井さんは語っていました。だから、嫌な部署に行かされたら、喜んで行かなければいけない。苦手が解決できるからです。
後にいろんな部署を経験する出井さんですが、「嫌だな」とか「傍流だな」と思ったところのほうが、花形の職場で過ごす10年より、ずっと力がついたそうです。(P.121)

知識の積み重ねで解決できる「苦手」もある

「嫌い」の感情が「苦手」から生まれている場合もある。

 本書からこのメッセージを受け取ったとき、自分自身の中でもはっとさせられる部分があった。

 最近、日本史の学び直しをしていた。私は中学生の頃から歴史が大の苦手で、人物関係も複雑すぎてよくわからないし、覚えることも多すぎるしで、あらゆる科目の中でも「大嫌い」だと思っていた。

 戦国武将の名前なども、なぜ戦争をしているのかもさっぱりわからず、こんなことを勉強する意味なんてあるのかな? と思っていたほどだった。

 ところが最近になって、わかりやすい日本史入門編の本を読んでみたところ、とても面白く感じたのだ。

 そう思えるようになった理由は、自分がさまざまな経験を積んで、歴史の登場人物に感情移入できるようになったこと。それから、「今の社会は、なぜ、こういうシステムになっているのか」という問いへの興味が、仕事をするようになったおかげで高まったことが大きいだろうと思う。

 ただ、まさか31歳になって、歴史が好きになるとは思いもよらなかった。

「苦手だ」「つまらない」という感情は、知識や経験の積み重ねで解決できる場合もあるのだと、学んだ瞬間だった。

 きっと仕事も同じなのだろうと思う。

 数字の計算は苦手だから、データを解析したりする仕事は向いていないと思っていたのに、いざマーケティングの仕事に取り組んでみたら、意外にも、数字と睨めっこする時間が好きになっていったこともあった。

経験が浅い20代で「やりたい仕事」を決める危うさ

 上阪氏も、案外、本当に苦手なことや、反対に、本当に得意なことは、自分では気づけなかったりする、と語っている。

 上阪氏自身も、3000人以上に取材するベテランライターになっているにもかかわらず、もともと「書くこと」そのものに得意意識はなかったそうだ。文章力が特別あるという意識もなかった。

 しかしインタビューするライターの仕事にいざついてみると、意外にも、書くことより「相手のことを知りたい、という知的好奇心」や「自分が知ったことを伝えたいというモチベーション」のほうがずっと重要だったということに気がついたという。

こういうことを20代の私が自覚できていたのかといえば、まったくそうではありません。フリーランスで仕事をするようになって、周囲の人たちからそう言われるようになったのです。そこで初めて、自分の得意が自覚できたのです。(P.69)

 そもそも、仕事の本質とは、実際に飛び込んでみないとわからないことが多い、と上阪氏は語る。

 社会人としての道を歩み出した20代のうちに「自分はこれが得意」「これが苦手」と、表面的な仕事だけを見て判断してしまうのはもったいない。

表面的な仕事、自分が勝手にイメージする仕事に惑わされてはいけないということです。ましてやそれによって、自分の選択肢を狭めてしまったら、まさに本末転倒です。
その意味で、かなり危ないフレーズが「やりたい仕事」だと思うのです。「やりたいことを見つけなさい」とは就活でよく言われることですが、そもそも本当の仕事がどんなものなのか、仕事の本質がどんなものなのかを理解できていないのに、見つけられるはずがないのです。(P.62)

 仕事で「苦手なこと」にぶつかったとき、私は「1年経験しても、ほんの少しも面白みが見出せなかったら、向いていないと判断する」「その『苦手』のせいで仕事の選択肢が極端に減るのなら、克服する」など、自分なりの判断基準を設けようと決めた。

「苦手を克服するか、しないか」といった極端な二者択一で判断しようとすると、かえって判断に時間がかかってしまう。

「こういう苦手の場合は克服する」「こういう苦手の場合は無視していい」など、「苦手」の中にもバリエーションがあることを自覚することが肝心だと、本書を読んで考えさせられた。

 正解がない問いに自分ひとりで立ち向かおうとすると混乱してしまうだろう。「他の人はどうしてきたのか」「人生に満足している成功者たちは、どうやって選択してきたのか」など、他者の人生遍歴も参考に、自分なりの判断基準を探してみてはいかがだろうか。