ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各紙で絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙の全体像」を提示する。「コンピュータシミュレーションで描かれる宇宙の詳細な歴史と科学者たちの奮闘。科学の魅力を伝える圧巻の一冊」野村泰紀(理論物理学者・UCバークレー教授)、「この世はシミュレーション?――コンピュータという箱の中に模擬宇宙を精密に創った研究者だからこそ語れる、生々しい最新宇宙観」橋本幸士(理論物理学者・京都大学教授)、「自称世界一のヲタク少年が語る全宇宙シミュレーション。綾なす銀河の網目から生命の起源までを司る、宇宙のダークな謎に迫るスリルあふれる物語」全卓樹(理論物理学者、『銀河の片隅で科学夜話』著者)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
人工知能とディストピア
人工知能が網羅する、目がくらむような範囲の技術には、一つの共通した考え方がある。
それは、コンピュータープログラムの中で、思考の一面を捉えようとすることだ。
銀河、ブラックホール、あるいは宇宙に関する一連の仮定から出発し、それを観測のための予測に変える物理学シミュレーションとは対照的に、思考のシミュレーションは、ほとんどの場合、逆問題に取り組むことになる。
つまり、理論から測定値を予測するのではなく、測定されたデータから、最も可能性の高い銀河の赤方偏移、ブラックホールの衝突質量、宇宙のダークマターの密度を逆さまに推論するのだ。
そして、いつの日か、まったく新しい理論さえも推論できるかもしれない。
現時点では、その最終目的は達成されていない。なぜなら、人間の思考の部分的な側面しか機械でシミュレーションできていないからだ。
それにもかかわらず、私たちはすでに、大きな社会的課題に直面している。
人工知能は、経済に深刻な影響を与えており、工場労働者は熟練したロボットに取って代わられつつある。
司法にも影響を与えており、警察は人種的な偏見を示す知能を使用している。社会的にも影響があり、人工知能は新たな形の労働者の監視と搾取を可能にした。
そして政治的にも影響があり、ソーシャルメディアのボットはプロパガンダと偽情報を送り出している。
このような例は、人工知能が人間を操作して、コントロールし始めるというSFのディストピア的な未来が、(まだ到来していないとしても)恐ろしいほど近づいて来ていることを示している。
コンピュータは、ハリウッド的な派手なイベントとしてではなく、忍び寄って侵食することで、主導権を握りつつある。
機械がさらに自立し、意志を持ち、柔軟性を備えるようにコード化されれば、私たちの世界はさらに混乱する恐れがある。この目標に到達するには、新たな飛躍的ブレークスルーが必要となるが、最終的には、それが達成できない理由はないと思われる。
たとえ、単純化された方法では充分でないとしても、私たち自身の思考は、ニューロンによって動かされており、その動作は物理学によって記述できるため、当然、充分に高性能なコンピュータでシミュレーションできるだろう。