多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
人間は、自ら能力を発揮したいと願い、それを実現する力をもっている
傾聴の産みの親であるカール・ロジャーズは、シカゴの農家で生まれ育ちました。
そして薄暗い納屋の壁の隙間から差す太陽の光の方へ向かって、積んであったジャガイモから青白い芽が伸びていることを見つけ、そこから大きな気づきを得ました。それが「実現(自己実現)傾向」と呼ばれる生物全般が持つ自己治癒の傾向です。
当時、ロジャーズは大学院で研究するとともに、治療にも関与していました。患者はまるでジャガイモの青白い芽のように弱々しく見えたでしょう。しかしその弱々しい芽も、誰の指図を受けずとも太陽の光の方へと伸びている。そうか。私たち生物はすべて、自ら能力を発揮したいと願い、それを実現する力を持っているのだ。そう気づいたのです。
赤ん坊は成長とともに誰から指図を受けずとも、何の報酬を得ることもないのに、勝手に寝返りを打ち、ハイハイをし、立ち上がり歩き出します。まるでジャガイモが太陽の光へ向けて芽を伸ばすかのように……。
そこに作用しているのは、歩く能力を持って生まれた赤ん坊がその能力を発揮しようとしている、すなわち「実現傾向」としか考えることができません(中田行重、『臨床現場におけるパーソン・センタード・セラピーの実務』、創元社、2022、P55)。
それは、大人になった僕たちも一緒です。
私は30歳の会社員時代にうつ病になり、苦しい思いをしたことから、心理学を学び始めます。すると、そこで学んだことや体験したことを活かしたい、と強く思うようになりました。そして、公認心理師の資格を取得し、やがて心理カウンセラー、スクールカウンセラーとして活動をするようになりました。体験したこと、学んだことを活かしたい。私も実現傾向を持っていたのです。
人が成長する「邪魔」をしてはならない
ロジャーズは、この「実現傾向」をはぐくむためには、「邪魔をしないこと」と「適切な環境を用意すること」が大切だと考えました。
逆に、「指示命令」をしたり、「正しい方向へと導こう」としたりしてはいけない。それよりも、ただただ相手の可能性を信じること。ジャガイモがジャガイモであるように、自分は自分であればいい。それを受け入れることができたとき、人は自然と成長を始めるのだ、と。
そして、そのような「自己成長」を支援するのが「傾聴」にほかなりません。自己否定して、仮面をかぶって、防衛している人がいたら、その人の話を否定的に聴くのではなく、そのまんま受け容れる。そして、その人自身が、そんな自分を自己肯定して、仮面を脱ぎ捨て、防衛するのをやめて、「素の自分」でいられるように支援する。そのプロセスこそが「傾聴」なのです(その具体的な手法は『すごい傾聴』という本に書いています)。このような思想を、一般的に「成長モデル」と呼びます。
「治療モデル」がコミュニケーションを台無しにする
一方、その逆を「治療モデル」と呼びます。
治療モデルとは相手の可能性を探るのではなく、逆に「問題」を探したり、「あら探し」をしたりして、それを取り除くことを目的とするモデルです。
例えば、部下から「後輩のAくんのやる気が感じられなくて……」と相談を受けたときに、すぐさま「なぜ、やる気がないんですか?」などと、すぐに原因分析をして、その原因を取り除こうとし始めるようなケースです。病巣を探し、手術で取り除く「治療モデル」という言葉の意味がわかっていただけるかと思います。
カール・ロジャーズが開祖である傾聴は、「治療モデル」であってはなりません。ジャガイモが太陽に向かって芽を伸ばす力を信じる「成長モデル」で相手と向き合うからこそ、「すごい傾聴」ができるようになるのです。つまり、三流は「部下の欠点を直そう」とし、二流は「正しい方向に導こう」とし、一流は「ただただ相手の可能性を信じる」ことを大切にするのです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。