騒音や匂いは大丈夫か…
15人の地元民の前で説明

 福江島には、門田さんがキリンビール時代にお世話になったコピーライターがUターンで住んでいて、長崎の潜伏キリシタンを世界文化遺産にした立役者とも言われている福江教会主任司祭の中村満神父をはじめ、地元の農家など多くの人を紹介してくれた。

 蒸溜所の候補地も13カ所にのぼり、「キリン来い来いって、皆さん本当に温かく迎え入れてくださいました」。その中から200㎡ほどの土地を選び購入する。2022年3月のことだった。

 それから会社を立ち上げるに当っての準備で大忙しの日々が始まる。合間を縫って3人で集まり、どんな会社にしようかと会話を重ねた。

「やっぱり“三方よし”でやりたい。自分たちの作りたいお酒を作るという思いは強いですが、いまさら儲けるというよりは、きれいごとじゃなく、地域に貢献できていろんな人を幸せにできる会社にと思いました」(鬼頭さん)

 一方で、警戒する人もいたという。地元の人たちに15人ほどを前に蒸溜所について説明する会合では「騒音や臭いは大丈夫なのか、汚水は出ないのか」など、厳しい質問を受けた。

「キリン出身の3人が来ると聞いて、とんでもないものができると思われていたのでしょうね。そうじゃない、200平方メートルの小さな蒸溜所だと伝えるところから始めました。ジンの材料は地元で採れる椿の種を使うと説明したところで場も和み、最終的には納得してもらえました」(門田さん)

 さらに、台風や天候不順で蒸溜所の工事がスムーズには進まなかったのも思い出深いエピソードだ。

「2022年内にはどうしても開業、発売したかったんです。クラウドファンディングで年内中に商品を送ることにしていたし、3人とも会社を辞めて給料はゼロ、手元の資金はどんどんなくなっていくし……。遅れれば遅れるほど、間に合わないんじゃないかとドキドキしていました」(門田さん)

 ブレンダーの鬼頭さんは、開業の1年ほど前に独立行政法人酒類総合研究所(広島県)の寮に1カ月間入り、「ほとんど寝るか蒸留するかという感じで、約80回の蒸留を試した」という。

 名前は五島の風景や土地を表現するという意味を込めて「GOTOGIN(ゴトジン)」と決めた。GOTOGINは18回蒸留し、21個の原種を作って調合し、最終的な味と香りを作り上げていく。1日1回蒸留しても20日が必要で、そこから調合することを考えると、少なくとも最初に世に送り出す製品ができるまでに1カ月は見ておかなければならない。

 工事が終わって免許を取得したの22年の11月30日。そこから税務申告などの手続きをして、製造を始めたのが12月9日だった。1日2回から3回の蒸留をして、ぎりぎり12月20日の開業に間に合った。

キリンビールのヒットメーカー3人が脱サラして起業「600万人が飲む酒より顔が見える客へ」蒸留所内の蒸留エリア 写真提供:五島つばき蒸留所
キリンビールのヒットメーカー3人が脱サラして起業「600万人が飲む酒より顔が見える客へ」地元で採れる椿の種を原料に使う 写真提供:五島つばき蒸留所