その土地に根付く精神を
酒で表現したい
2人でクラフトジンを造るのに適した場所を検討し、自然が豊かで、水が良くて、地元に詳しい知り合いが住んでいる3カ所の候補地に絞り込む。どこも甲乙つけがたくすばらしかったが、最終的に福江島を選んだ。
隠れキリシタンを受け入れた場所、空海が辞本涯(「日本の最果ての地を去る」を意味する)の言葉を残した場所、遣唐使の風待ちの島――「この土地、人、風景に根付いている精神を表現したいと思った」と門田さんは話す。
「地酒とは地方の酒ではなく、土地の酒。土地をどう表現するか。そう考えた時に、土地の持っているパワーってすごく大事なんですよ」
場所が決まった後、酒造りの肝を担う「ブレンダー」として候補に挙がったのが鬼頭さんだった。「キリンの社内には、世界No.1ブレンダーの称号をもつ他の先輩もいましたが、本当の“天才”は鬼頭さんだと思って。商品のコンセプトの理解力と、それを味覚で表現できるスキルは、他のブレンダ―にはない資質です」(門田さん)
鬼頭さんは、ウイスキーのブレンドや原酒開発を中心に、リキュール、スピリッツ、焼酎、ワインなど、さまざまな種類の製品開発に携わってきた。門田さんと小元さんが商品開発やマーケティングを担当する製品の中味を作っていたのが鬼頭さんだった。
「妄想レベルですが、培ってきた経験や知識を使って、どこかの離島で地元の素材を作ってお酒を作り、それを世界の人が飲んでくれるようになったら島の人も喜んでくれるかなと考えていたんです。他に負けないものができるという根拠のない自信もありました(笑)」(鬼頭さん)
そんなところに声をかけられ、描いていた妄想に近いと直感的に感じた。そして同時に、会社を辞めて自分も一緒に起業したいと思った。実務を進めるスタッフは育っており、現場はそろそろ彼らに任せても大丈夫だと思っていた頃でもあった。
妻に話したら、意外にすんなり受け入れてもらえた。後から聞いたら、「言い出したら聞かないので反対しても無駄だ」と。妻は東京に両親がいるので一緒に移住できないという事情があり、単身で移り住むことを決めた。
「お互い寂しい時もありますが、いずれは一緒に住めるようになるのかなと思いながら暮らしています」