アンガーマネージメントという言葉が一般的に言われるようになり、「怒るのはよくないこと」と一般的に認識されるようになった。しかし、怒りとは本当に良くないことなのだろうか。「インド独立の父」と呼ばれ、非暴力・不服従の活動をしたとして、世に広く知られているマハトマ・ガンジーは、「怒るのは悪いことではない」と語ったという。それはなぜか。ガンジーの孫であるアルン・ガンジーが、偉大な祖父と過ごした日々の中でその理由を教わった。本記事では、アルン・ガンジーの著作『おじいちゃんが教えてくれた 人として大切なこと』から、ガンジーの教えを紹介する。 (文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

人として大切なことPhoto: Adobe Stock

コントロールが難しい「怒り」

「怒る」と人はどうなるだろうか。

 頭に血がのぼって、そんなつもりはなくても相手を酷く傷つけるようなことを言ってしまうこともあるだろう。時には、暴力へとつながることもある。

 そして、人を傷つけてしまうのと同じくらい、自分自身も傷つく。

 自分の行動を後悔し、言わなくていいことを言ってしまった自分にがっかりしたり、落ち込んだりしてしまうからだ。

 だからこそ、近年はアンガーマネジメントの必要性が謳われている。

 それでも、なかなかうまく対応できず悩んでいる人も多いのではないだろうか。

非暴力・不服従のガンジーも怒っていた

 マハトマ・ガンジーの孫であるアルン・ガンジーは、南アフリカで過ごした子ども時代、いつも激しく怒っていたのだそうだ。

 その理由は、アパルトヘイトによる人種差別だ。

 インド人のアルンは、白人の子どもたちからは「十分に白くない」といじめられ、黒人からは「十分に黒くない」という理由でいじめられていたのだという。なんとも理不尽な話だ。

 仕返しばかり考えていたアルンは怒りをコントロールできない自分に戸惑い、どうしたらいいかと祖父のバプジ(ガンジーのこと。以下、バプジ)に泣きついたという。

 そんなアルンに、なんとバプジは「怒るのはいいことだ。実はね、私もしょっちゅう怒っているんだ」と語ったのだ。

 “非暴力・不服従”のガンジーが「しょっちゅう怒っている」とはなんとも意外な話ではないか。

「怒り」は正しい目的のために使うもの

 実際のところ、アルンは祖父が怒っているのを見たことはなかった。

 その理由は、「怒りを正しく使う方法を学んだから」だとガンジーは教えてくれた。

「怒りは、車のガソリンのようなものだ。怒りがあるおかげで、人は前に進むことができるし、もっといい場所に行くこともできる。怒りがなければ、困難にぶつかったときに、なにくそという気持ちで立ち向かうこともできないだろう? 人は怒りをエネルギーにして、正しいことと、間違ったことを区別することができるんだよ」(P.28)

 バプジも、幼少期を過ごした南アフリカで激しい差別を受けた。そのことでよく怒っていたのだという。

 その体験の中で、彼が学んだのは次のようなことだった。

「人」に対して怒るのではなく、「偏見」や「差別」そのものに怒りをぶつける。そして、差別する人たちにも思いやりの心を持ち、怒りと憎しみには正しい行いで応える。
バプジは真実と愛の力を信じていた。(P.28)

 バプジはその怒りを、政治を正しい方向に変えるために使ったのだ。だからこそ彼は、暴力を振るわれてもそれに対して抵抗することはなかった。

 一方で、非暴力でありながらも、偏見や差別につながる行為や制度には不服従を貫き、あるべき姿を訴え続けたのだ。

「怒りの日記」で正しい解決策を模索

 アルンは「怒りは賢く使わなければならない」と教わったという。ここではその具体的な方法を紹介しよう。

 1つは、「怒りの日記を書く方法」だ。

 バプジは、アルンに次のように語った。

「大きな怒りを感じることがあったら、そこでいったん立ち止まり、自分の怒りについて考えてみなさい。誰に対して怒っているのか。何が怒りの原因なのか。なぜ自分はこんなに怒っているのか。そして考えたことを、このノートに書くんだよ。このノートの目的は、怒りの原因を突き止めることだ。原因がわからないと、解決策も見つからないからね」(P.32-33)

 さらに、ここで一番大切なのは「関係するすべての人の視点で考えること」なのだそうだ。

怒りの日記は、単に怒りを吐き出して、自分のほうが正しいと確認する手段ではない。(中略)
怒りの日記の本当の目的は、衝突の原因を探り、問題解決の方法を見つけることだ。(中略)
これはなにも、相手の言いなりになるということではない。むしろ、有効な解決策を見つけて、これ以上、怒りや憎しみが大きくならないようにするためのテクニックだ。(P.33)

「怒りにまかせて、相手を威嚇してはいけない。攻撃や批判は、問題をむしろ悪化させる」とアルンは指摘する。

 子ども同士の遊び場でも、ビジネスや政治の世界でも、いちばん威張っている人が、いちばん自信のない人なのだ、と。

相手の考え方を理解し、許すことができるのが、本当の強さの証明だということを、バプジは私に教えてくれた。(P.34)

「怒り」は自分自身も傷つける

 カッとなった状態での行動はろくな結果を招かない。

 そういった行動は、相手を傷つけるだけでなく、「自分でも気づかないうちに自分自身をも傷つけている」とアルンは語る。

時間が経って心が落ち着き、相手に謝ろうとするかもしれない。しかし、たとえ謝っても、自分の爆発をなかったことにはできない。思わずカッとなった気持ちをそのまま爆発させるのは、銃の引き金を引くようなものだ。一度発射した弾丸は、二度と銃に戻すことはできない。(P.35)

 バプジはアルンに「怒りとは、何かが間違っていることを教えてくれる警報だ」と教えてくれたという。

「感情をコントロールする力を身につければ、この先、腹の立つことがあったときに、正しい反応を選ぶことができるようになる。心ない言葉で相手を傷つけるのではなく、誰もが幸せになれる解決策を見つけることに集中できるようになる」と。

「怒り」をどう使うかは、自分で決める

 私たちが怒るときには、自分の中の感情に身を委ねてしまうことが多い。

 しかし、怒る・怒らないは自分で選ぶことができる。

 腹が立ったときに反射的にその怒りを相手にぶつけるのか、「どういった反応をすべきか」と考えることができるかで、まったくその先の展開は変わってくるだろう。

 だからこそ、怒ったときほどどう対応するかをしっかり考える必要があるのだ。

 いっそ怒らずに済むなら、その方が人生は穏やかだ。

 しかし、バプジは怒りが悪いと言ってはいない。怒りは原動力でもある。それをどう使うかが問われているだけなのだ。

 腹が立ったときにこのことを思い出して、冷静になれる自分でいたいものだ。