厳しい残暑が続いている。東京消防庁管内では7月に熱中症で救急搬送された人は4244人で、過去5年間の月別搬送者数で最多だった23年7月の3502人を大きく上回った。対策の重要性は叫ばれているが、熱中症で倒れる人は増加している状況だ。
もはや、ふつうに暮らしているだけで命を落としかねない現代。そんな時代を生き延びるための書籍『いのちをまもる図鑑 最強のピンチ脱出マニュアル』(ダイヤモンド社)が刊行された。熱中症になった場合の対処から、危険生物に遭遇したときの対応、突然の災害から身を守る方法まで、さまざまな「生きる知恵」が網羅されている。
今回の記事では、本書の刊行を記念して、第3章「ケガ・事故からいのちを守る」監修者で医師の西竜一先生に「熱中症にならないためのポイント」を聞いた。(取材・構成 / 小川晶子)
熱中症は、もはや「国民病」
――西先生は病院の救急科専門医で、日々あらゆる病気やケガの診察をされています。毎日本当に暑いので熱中症が心配なのですが、やはり熱中症で救急搬送される人は多いですか?
西竜一先生(以下、西):多いですよ。症状の度合いはさまざまですが、熱中症はもはや「国民病」と言っていいほど日本中で多くの人がり患しています。
意外と多い、家の中での熱中症!
――原因として多いものは何でしょうか?
西:2つあります。若い人に多いのは「労作」といって、身体を動かしているときに高体温になってしまうケース。スポーツや工事現場、倉庫での作業などです。高齢者に多いのは、圧倒的に家の中で倒れるケースです。
――えっ、家の中で熱中症ですか?
西:クーラーをつけずに暑い部屋にいて、倒れてしまうことがよくあるんです。老化によって感覚が鈍くなってきますから、暑さにも喉の渇きにも気づいていないことがあります。それから、クーラーが身体に悪いものと思っていたり、そもそも嫌いな人も少なくないように感じます。
――私の義母もクーラーがあまり好きでなく、つけずに過ごしているようです。高齢者の一人暮らしだったりすると危険ですね。
西:危険です。寝る前にはクーラーをつけていたけれど、夜中にタイマーが切れてすごい暑さになっているケースもあります。暑くて苦しくて目が覚めてしまうくらいなら、クーラーはつけたままにしたほうがいいですね。さらに、クーラーは適切な温度に設定しているものの室温は高いままということもありますので、室温を測定することも重要です。
熱中症の人の体内では、何が起きている?
――熱中症のメカニズムを教えてください。どのように進行していくものなんでしょうか。
西:暑い環境にさらされると体も熱くなってきますが、通常は汗をかいて熱を外に出そうとします。しかし、それが追いつかなくなって熱がこもり、脱水や高体温で体中のいろいろな臓器に障害が起きます。
――体温が何度になると重症になりますか?
西:具体的に何度というのは非常に難しいです。環境も、その人の持つ能力もそれぞれ異なりますので皮膚温よりも症状が重要です。ただ、高体温になっている時間が長いほど重症化すると言うことはわかっています。病院では深部体温(直腸や膀胱等の温度)の目標を38℃に設定し積極的に冷却していることが一般的ではないでしょうか。
熱中症は「卵がゆで卵になったような状態」というのは本当?
――よく熱中症のたとえとして「卵がゆで卵になると二度と生卵には戻せない」と言われます。脳のタンパク質が熱で変わってしまうと。この表現を見て、ものすごく怖いと思いました。実際、そういう感じになるのでしょうか?
西:そういう感じ……? えーと、卵がゆで卵になる変化と、脳で起きている変化は同じではありません。でも、元に戻せない「不可逆な変化」という意味では同じかもしれません。熱に耐えかねて脳の「神経細胞」が死んでしまうと、それを元に戻すことはできないんです。
――なるほど、実際に脳がゆだっているわけではなく、脳の神経細胞が死んでしまうということだったんですね。
西:死んでしまった神経細胞の機能を周辺の細胞が補ってくれることもありますが、広範囲にダメージを負うと、それも難しい場合があります。そうなってくると、後遺症が残ったり、最悪の場合、死に至ることもあります。
――それはおそろしいです……。