ダークマターとダークエネルギー、わずかな手がかりから「宇宙の姿」を想像する研究者たちの探究
ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、タイムズなど各メディアで絶賛されているのが『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』(アンドリュー・ポンチェン著、竹内薫訳)だ。ダークマター、銀河の誕生、ブラックホール、マルチバース…。宇宙はあまりにも広大で、最新の理論や重力波望遠鏡による観察だけでは、そのすべてを見通すことはできない。そこに現れた救世主が「シミュレーション」だ。本書では、若き天才宇宙学者がビックバンから現在まで「ぶっとんだ宇宙論」を提示する。本稿では、作家の円城塔氏に本書の魅力を寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)
わからないこと、わかっていること
ダークマターとダークエネルギー。とってもダークな響きである。なんだか魔法あたりと関係がありそうなのだが、宇宙関係で出てくる場合は「なんだかわからないもの」くらいのニュアンスである。
これがなかなか説明しにくい。
ダークマターは重力とだけ相互作用する。
たとえば、ダークマターでできたリンゴがあるとしてみよう。それは見えない。触ることもできない。物が見えるのも、触れることができるのも、電磁気的な相互作用だからである。地面を突き抜けて落ちていく。でも重力には従うから、地球の周りを回るだろう。
ニュートリノともまた違う。どこが違うという説明はこれが意外に長くなる。
なんだかよくわからない。
わからないのに、そういうものを想定すると、宇宙についての色んなことがしっくりとくることだけがわかっている。他にうまい手があれば誰もがそちらに乗り換えようと思っているが、今のところ良案はない。
といったあたりの事情を解説するには、やっぱり本書くらいの分量が必要である。
ダークなもの
著者の専門は、宇宙のシミュレーション。計算機を用いて、銀河の生成、宇宙の誕生などを扱う。
物理学的な視点としては、あらゆるモノの動きは法則に従っている。じゃあ、あらゆるモノの運動を方程式で書いて解けば、どんな未来だってわかるのでは、となりそうなのだが、その方程式を厳密に解く方法はないと知られていたりもするのであって、シミュレーションの出番となる。
宇宙の中には、数本の方程式で捉えられる現象もあれば、理解のためには、膨大な数の方程式が必要な現象もある。天気予報などは後者に属する。そうして、銀河の生成なども。
科学はとかく万能とみなされがちで、価値観とかは関係なく、真実を告げるとされたりするのだが、多くの場合、何を知りたいのか、何を対象とするのかという外枠がある。
宇宙をシミュレーションするという時には、大胆な切り捨てが要求される。扱うことのできる要素の数は宇宙的スケールに比べるとほとんど無といってよい。
それでも、わずかな手がかりから、宇宙の姿を想像することができる。手計算では辿りつけなかった光景が展開されることが起こる。
計算機の中に展開される宇宙ではある意味、設定次第でどんなことでも実現できる。でもしかしそれがちゃんと現実の似姿になっているためには、厳しい基準が要請される。
科学はフェイクとは異なり、フェイクとは異なるという証拠がある。機械には好きなことをさせることができるのだが、そこには動機が存在する。
気持ちと真摯さ、科学におけるそのバランスが、ダークなものの姿を人々の頭に浮かべていく。
円城塔(えんじょう・とう)
1972年生まれ。2012年『道化師の蝶』で芥川賞を受賞。近刊に絵本『ねこがたいやきたべちゃった』ほか。
(本原稿は、アンドリュー・ポンチェン著『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙』〈竹内薫訳〉に関連した書き下ろしです)
「本当のところ」を知りたい人のための本――訳者より
著者のポンチェンは、新進気鋭の宇宙論学者(コスモロジスト)であり、現在はユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの教授を務めている(近々、ダラム大学に移るとのこと)。コンピューターシミュレーションのスペシャリストで、多数の論文の他に、学術計算用のソフトウェアの作者でもある。
一昔前と違って、今では、理論と実験をつなぐコンピューターシミュレーションは、重要性を増し、宇宙論だけでなく、さまざまな分野で花形といってもいい存在に躍り出た。実際、この本を読めば、シミュレーションなしにダークマターやダークエネルギーが市民権を得ることはなかっただろうと推測できる。
また、ブラックホールの衝突による重力波が検出できたのも、その背後に無数のシミュレーションがあったからだ。ポンチェンは、そんな物理学の花形の「今」について、かなり突っ込んだ解説をしてくれる。突っ込んだ解説というのは、物理学者や天文学者が本当は何をしているのかについて、きちんと書いてくれている、という意味である。
本来ならば、「はーい、難しいシミュレーションをするとこうなりまーす」と、端折ってしまうような内容を克明に描いてくれる。この本以外で、宇宙論シミュレーションの実際について知ろうと思ったら、何年も勉強して、大学院まで行って、専門論文を読むしかないだろう。
本国イギリスでこの本が絶賛されている理由は、まさに、お茶を濁すようなことをせず、本気で読者に真実を伝えようという情熱が評価されているからだ。
ダークマターやダークエネルギーを組み込んだシミュレーションが成熟して初めて、物理学者と天文学者たちは「ああ、ダークマターやダークエネルギーって、実在するんだな」と、納得したのであり、最初からダークマターやダークエネルギーを追求していた人々は、無謀か先見の明があったかのどちらかだと思う。
現在、ダークマターとダークエネルギーの存在に根本的な異議を唱えている物理学者や天文学者は、ほとんどいないと思うが、その影には、無数のコンピューター・シミュレーションと、プログラムを書き続けた研究者たちの努力があったのだ。
本書は、最新の宇宙論の入門書として予備知識ゼロから読めるように書かれているが、一切のごまかしがなく、きちんと宇宙論シミュレーションの奥義まで紹介してくれる。
重厚な読後感が残る名著だと思う。
■新刊書籍のご案内
☆全世界11カ国発刊のベストセラー! 若き天才宇宙学者が描く最新のぶっとんだ宇宙論!!☆
野村泰紀(理論物理学者・UCバークレー教授)
「コンピュータシミュレーションで描かれる宇宙の詳細な歴史と科学者たちの奮闘。科学の魅力を伝える圧巻の一冊」
橋本幸士(理論物理学者・京都大学教授)
「この世はシミュレーション?――コンピュータという箱の中に模擬宇宙を精密に創った研究者だからこそ語れる、生々しい最新宇宙観」
全卓樹(理論物理学者、『銀河の片隅で科学夜話』著者)
「自称世界一のヲタク少年が語る全宇宙シミュレーション。綾なす銀河の網目から生命の起源までを司る、宇宙のダークな謎に迫るスリルあふれる物語」
ウォール・ストリート・ジャーナル紙
「エレガントに書かれている。宇宙論の最前線からの爽快で率直なレポート」
タイムズ紙
「優れた書き手が登場した。複雑なテーマであるにもかかわらず、本書は見事な軽い筆致で読み進むことができる」
BBC
「この本が見事なのは、最新の宇宙論を地に足をつけたものにしていることだ」
ジム・アル・カリーリ(理論物理学者『量子力学で生命の謎を解く』著書)
「望遠鏡や顕微鏡のことは忘れよう。ポンチェンの実験室は彼のコンピューターの中にあり、それは急速に科学で最も重要なツールになりつつある」
フィリップ・プルマン(『ライラの冒険』著者)
「本書は宇宙の謎を解き明かした先駆的な科学者たちの物語を明らかにする。明るく、挑発的で、大胆な本書は、宇宙に興味を持つすべての人に最適の一冊である」