なかなか難しいお願いごとが、なぜかすんなり受け入れてもらえている。そんな人がまわりにはいないだろうか。どうして、あの人はいつもそうなのか。もしかしてそこには、相手への「伝え方」の違いがあるのかもしれない。そんな誰もが感じていた疑問に見事に応え、日本、さらには中国でもベストセラーになっているのが、『伝え方が9割』(佐々木圭一著)だ。「伝え方にはシンプルな技術がある」と説く、本書のメソッドとは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

伝え方が9割Photo: Adobe Stock

ダメダメ社員が、ヒット連発のコピーライターに

「おかげで好きな人とのデートが実現できた」「提出物の締め切りを延期してもらうことができた」……。著者の佐々木氏のメソッドを知った人からは、そんな声が上がることも少なくないという。

 佐々木氏はコピーライターとして国内の賞を数々受賞、日本人コピーライターとして初めて米国広告賞で金賞、アジアの広告賞でグランプリになるなど、実績を持つ人物。

 CHEMISTRYや郷ひろみのプロデューサーから作詞のオファーが来て、アルバムがオリコン1位になったり、日本人クリエイターで初めてスティーブ・ジョブズお抱えクリエイティブエージェンシーへの留学生にも選ばれた。大学で教壇に立ち、伝え方のメソッドを教える講演も数多く行ってきている。

 ところが佐々木氏はもともと、コミュニケーションが下手だったのだという。広告代理店に大量入社した中で、たまたまコピーライターとして配属され、当初はダメダメ社員だった。そんな彼が、なぜヒット連発のコピーライターになれたのか。

 自分には才能がないと毎日のように思い悩む中、彼が取り組んだのは、膨大な量の名作の言葉に触れることだった。そうやって、もがきながら、考え、試行錯誤の末、ひとつの事実を発見するのだ。

「伝え方にはシンプルな技術がある」
「感動的なコトバは、つくることができる」
(P.7)

 この気づきによって、佐々木氏は人生が一変したという。しかも徐々に変わったのではなく、突然、変わったのだというのだ。「伝え方の技術」が、それを可能にしたのである。

普通の人よりも伝え方がへたくそだったからこそ

 世の中には、もともとコミュニケーションに長けた人がいる。自然に優れた伝え方ができる人がいる。

 佐々木氏も、言葉を見つけられるのは、才能がある人たちだけだと感じていたのだという。ところがそうではなかった。佐々木氏のメソッドは、それを実感した彼が、自らの経験をもとに体系化したものなのだ。

 しかも、才能がある人たちと同じようにコトバはつくれるのだ、と説く。

確かに、この世には生まれながらにして鮮やかなコトバを言える人がいます。しかしそのコトバでさえ、どうやったらつくれるかを説明でき、誰でも再現できる方法があることを見つけました。ルービックキューブを瞬く間に解いてしまう天才がいますが、実は解説書に沿ってキューブを回せば小学生でも解けてしまうように。(P.8-9)

 この文章を書いている私は、文章を書く仕事でフリーランスになって30年になる。よく、「書くのが得意だったのですね」と聞かれることがあるが、実はまったく違う。書くことは、子どもの頃から嫌いだったし、苦手だった。

 いろいろな偶然があって、結果的に書くことを仕事にすることになったのだが、だからこそ、できたことがあった。それは、書くメソッドがわかったことだ。

 書けなかったからこそ、どうして書けるようになったのかがわかった。これは才能があって、最初からスラスラ書ける人には、できなかったことだと思う。

 佐々木氏も、こう記す。

私は普通の人よりも伝え方がへたくそだったからこそ、生き延びるために十数年かけて、ひとつひとつ発見し、誰でもコトバをつくれるよう体系化しました。あなたも自分の日常から、思考錯誤の上で伝え方の技術を身につけることもできますが、それだと辿り着くまでに十数年かかってしまいます。(P.10)

 個人が体系化しようとすると十数年かかるメソッドを、佐々木氏は惜しみなく教えてくれるのだ。

無理なお願いを、可能性アリに変える言葉

 しかも、そのメソッドは極めてシンプルなものだ。本書からこんな事例を紹介しよう。

「この領収書、おとせますか?」
使える経費が満足とは言えない今、これほどオフィスで緊張感の走るコトバも少ないでしょう。一瞬かるい電流が走ったような。横に座る人も振り向きます。
そして事務のお姉さんは、あなたに目を合わせることなく無表情に言うでしょう。

「それはおとせません」と。(P.22)

 しかし、もしかしたら成功率ほぼ0%のこのお願いを、可能性アリに変えるシンプルなコトバがあるという。佐々木氏は、そのシンプルな言葉を言わなかったこと、つまり伝え方にこそ、問題があったというのだ。

では、こう言ってみたらどうでしょう?
「いつもありがとう、山田さん。この領収書、おとせますか?」(P.23)

 たったこれだけの差で、成功率は上がると佐々木氏は説く。そしてそこには2つの理由があるという。

 まず、「ありがとう」と感謝する言葉を、人は否定をしにくい。これは人間が生まれ持った本能で、自分を認めてくれる人のことをサポートしたいという意識が生まれるのだという。

 もう一つは、「山田さん」と名前を言われたことだ。名前を言われると、人は応えたくなるのだと佐々木氏は記す。身近に感じられるのだ。人は、関係ない人には断りやすいが、近い人には断りにくい。

 そういえば、かつて取材でこんな話を聞いたことがある。

 人生で最もたくさん耳にする言葉は何か。それは、名前である、と。名前こそ、最も自分にとって心地よい言葉なのだ。

もちろん必ずOKが出るわけではありません。ですが、今まで0%だったものが、いくらかでもアリになれば、人生は明らかに変わります。認められなかったものが認められるようになります。受からなかったものが受かるようになります。
就職活動で、プレゼンで、好きな人への告白で、友達へのお願いで。
それら全て、伝え方で成否が変わるものです。
(P.23-24)

 伝え方を変えることは、人生を変えることになる。そして、伝え方の技術は、それを知り、身につけることができる。佐々木氏はそんな生の経験をしたという。

 そして、佐々木氏が見つけたメソッドは、シンプルで誰もが応用できるものだ。つまり、誰でも伝え方を変えることができるということである。

(本記事は『伝え方が9割』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。