「印象派というのは聞いたことがあるけれどよくわからない」……そんなあなたにおすすめなのが、書籍『めちゃくちゃわかるよ!印象派』。本書は、西洋絵画の巨匠とその名作を紹介するYouTubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』にアップされた動画の中から、印象派とそれに連なる画家たちを紹介した回をまとめたもの。YouTube動画と同様に、山田五郎さんと見習いアシスタントとの面白い掛け合い形式で構成されています。楽しみながら、個々の画家の芸術と人生だけでなく、印象派が西洋絵画史の中で果たした役割まで知っていただけます。
前回に続いて「印象派の心の兄貴、破天荒すぎるクールベ先輩」の2回目をお届けします。世界初の個展を開いたクールベは、アーティストによる宣言ブームも先取りします。
『画家のアトリエ』とレアリスム宣言
山田五郎(以下、五郎) クールベはこの個展に油絵40点と素描4点を出したんだけど、そのメインが、前回の最初に出てきた『画家のアトリエ』と題された作品なんです。
アシスタント(以下、アシ) ようやく戻ってきましたね(笑)。
五郎 『オルナンの埋葬』でさんざんディスられたクールベは、それに楯突くかのように、さらに大きなタテ約3.6m、ヨコ約6mの大作を出してきた。一般には『画家のアトリエ』と呼ばれているけど、クールベはこの作品には『わが芸術的(および倫理的)生活の7年に及ぶ一時期を定義する写実的寓意画』というめちゃくちゃ長いタイトルをつけてきた。
アシ 意味不明ですね。
五郎 「寓意画」というからには、何かを意味しているんだろうけど、何を意味しているのか、さっぱりわからない。「7年に及ぶ一時期」というのは、たぶん『オルナンの食休み』からの7年間だと思うんだけど。サロンの2等賞をとってから、ディスられたり、ナポレオン3世にムチで打たれたりした7年間を定義すると、こういうことです! ってことなんだろうけど、どういうことか、さっぱりわからん。
アシ こういうことですって言われても(苦笑)。
五郎 わからないよね。でも、よく見ると、真ん中で絵を描いているクールベと裸のモデルの右側にいる人たちは、みんな彼の味方なんですよ。
アシ そうなんですか?
五郎 右端で本を読んでいるのは、有名な詩人のボードレールで、クールベをすごく評価した人。その左隣がサバティエ夫妻という、当時の尖ったアーティストたちを支援してくれたお金持ちの夫婦だったりするんだよね。その左に座ってるのがシャンフルーリという作家で、やっぱりクールベを支持してくれた人。左奥の3人めはプルードンという人で、政府なんかいらないっていう無政府主義者なんだよ。プルードンとクールベは田舎がいっしょで、すごく仲がよかった。このように、右半分にいる人たちはクールベの味方ばかりなんだよ。
アシ そうすると、左半分はクールベの敵?
五郎 残念。左半分には、当時の社会のいろんな人たちが描かれている。ユダヤの商人がいたり、キリスト教の神父がいたり、葬儀屋がいたり、道化師がいたり……。ということは、これはどういう絵かというと、たぶん、いまの社会を生きるすべての人たちを忖度なしにありのままに描く俺を、この人たちは応援してくれてますよ、ということなんじゃないかと。だから俺は大丈夫、国の支持なんかいらない。自分で個展を開いて、俺がいいと思う絵をこれからも描いていきますよっていうね。
アシ カッコいい……。
五郎 この個展のパンフレットにクールベが書いた文章が、のちに「レアリスム宣言」と呼ばれる有名な文章です。20世紀にダダ宣言とか、シュルレアリスム宣言とか、アーティストが宣言するのが流行るんだけど、クールベは宣言ブームも先取りしてた。
行動するために知る。それが私の意図したことだ。私の時代の風俗や思想や景観を、私自身の価値観に基づいて翻訳すること。画家であるだけでなく一人の人間であること。一言でいえば、生きた芸術を創造すること。これが私の目的である。
『レアリスム宣言(一部抜粋)』(1855年)日本語訳は筆者による
五郎 この絵について個人的に思うのは、万博に対抗する個展のメインにするために、けっこう急いで描いた上に、あれこれ主張を入れすぎちゃったせいか、絵として若干、構図が破綻しているんだよね。上半分が空きすぎて、クールベにしては珍しく構図が甘い絵になってしまったんじゃないかなと。下半分は下半分で、言いたいことを全部詰め込みました、みたいな感じになってるし。
アシ だから、アトリエなのに、人がいっぱいいるわけですね!
五郎 そうそう。モデルがいるのに外の風景を描いているのも、7年間に描いてきた画題を全部1つの絵に描き入れるためじゃないかな。
アシ 詰め込みすぎて、もうお腹いっぱい(笑)。