食料品の値上げが続く中、ワンコインで以前と変わらず美味しい牛丼が食べられる吉野家。提供スピードも速く、訪れるたびにそのサービス力に驚かされる。その吉野家の店舗では、さまざまな国からやって来たスタッフが働いており、教育には少なからず言葉の壁があるはずだが、吉野家はどうやってその壁を乗り越えているのか。その秘密が、動画を経営に活用する目的や事例をまとめた新刊『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(野中郁次郎・監修、高橋勇人・著)の刊行セミナーの中で紹介された。著者であるClipLine代表の高橋勇人氏と、本書で解説を行っている早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授との対談から、吉野家の強さを支える動画経営に関連する箇所を抜粋して紹介する。(構成:小内三奈、ダイヤモンド社書籍編集局)

吉野家Photo: Adobe Stock

おいしい牛丼を作る・提供する技術を競う、
吉野家「肉盛り実技グランドチャンピオン大会」

高橋勇人(以下、高橋):短縮動画システムを導入し、ユニークな形で活用している会社の一つが、吉野家です。

 吉野家といえば、全国に1200店舗以上を展開し、いつどこで食べても安定の品質と美味しさ、よくあの値段で提供されているなと食べるたびに頭が下がります。その吉野家で、毎年全店舗を対象に盛り上がる恒例行事があります。

 その名も、「肉盛り実技グランドチャンピオン大会」。地方予選から全国決戦を経てチャンピオンを決定するこの大会の様子を、特別に撮影させてもらいました。

 その動画がこちらです。ポイントのひとつとなるのは牛丼を盛る瞬間です。この瞬間こそが吉野家のオペレーションのハイライトで、最も難しい部分でもあります。盛り付けのリズム、客席への目線、声や盛り付けの速さ、美しさなどに細かなルールがあって、真上から見たときに絶対にご飯が見えてはいけません。

入山章栄(以下、入山):私たちは今これを1、2回しか見ていないですけど、普段は一日中ずっとこの作業を繰り返しているわけですよね。まさに日本が誇る現場力ですね。

吉野家は、映像で言葉の壁を越える

高橋:牛丼をはじめ、から揚げ・豚丼・牛カルビ丼・定食・サラダ・鰻・カレーなど、お食事メニュー50種類以上に及ぶメニューがありますが、一番美味しい状態で提供するため牛丼やから揚げは店内調理を行っています。全国1200以上の店舗で均一の品質を維持したオペレーションを徹底するために、動画を活用しています。

 1本は数十秒から1分という短い動画で、用意している動画の数は何万本にもなっています。動画であれば働く人のバックグラウンドである出身や年齢、言語などの影響を受けずに学んでもらうことが可能です。

入山:知り合いの若者がセブンイレブンでアルバイトしているのですが、「お前、何しているの?」と聞いたら「バングラディシュ人とインド人のシフトを組んでいる」と。

 コンビニバイトもインターナショナルです。ただ、コンビニエンスストアの店員の場合は、日本語検定の上から1番目、2番目の難易度のN1かN2をとっている人に限られている。あれだけの接客をしていることからもわかりますが、相当の日本語力があります。

 一方、吉野家の場合も、あの超高速度、高密度オペレーションを1,200店舗以上で同じように再現するために日常的に動画を活用しているわけですね。

高橋:それに加えて私たちは短尺動画システムの翻訳機能も提供していまして、まさにAIの活用がキーワードになるのですが、動画の中で日本語で解説している部分を自動的に書き起こして自動翻訳し、外国語のテロップをが表示されるしくみになっています。

入山:今、サービス業の現場では、世界中の国から来た人が働いていて、これからもっと増えていきます。言葉の壁を越えるために、吉野家のように映像があれば、映像の力で圧倒的に言葉の壁を越えて伝えられる。

 さらにプラスして、AI翻訳でテロップを付けることで、浸透スピードが格段に上がります。吉野家の肉盛りの例でいうと、「ここはお米が見えないように」といったポイントとなる部分は、言葉で伝えてしまった方がいいですからね。

予期せぬトラブルが起こったときに威力を発揮する、
新たな動画の活用法

高橋:吉野家のようにオペレーションやスキルのばらつきをなくし、均一化していく使い方のほかに「あるお店で何か特別な問題が起こった」「特別なリクエストがあった」場合、それを解決する映像を作って短尺動画システムに登録して全国の店舗に一気に横展開するという使い方もできます。オペレーションの均一化だけでなく、こういったロングテールへの対応も私たちが目指している一つの姿です。

入山:何万本も用意してある動画の中には、再生数が5回、10回と極端に少ないものもあって、実は再生回数が低いものこそが、ひとたび現場で起きると深刻な問題です。でも発生頻度が低いから、解決策をすぐに見つけられないような問題だったりするということですね。

高橋:そうです、まさにロングテールになっている。

入山:現場で何かしらトラブルが起きて「短尺動画システムで解決策を探したい!」となったとき、実際どうやって検索できるのでしょう?たとえば、「急にお店に猫がやってきて魚をくわえて逃げた!」といったとき、同じような事例をどうやって探すことができますか?

高橋:まず一つは、ツリー構造でノウハウが整理されているのと、Googleと同じ構造でキーワード検索もできるので、「猫 魚 逃げた」といった検索ができます。さらに、動画ごとに関連動画も紐づけています。

入山:ということは、「猫 魚 逃げた」ではヒットしなくても、もし犬が逃げたバージョンの動画がすでに登録されていれば、関連動画として上がってくると?

高橋:(笑)そこまではまだAIを駆使できておらず、猫と犬を組み替えるのはこれからです。ただ、入山先生が指摘されたような曖昧なシチュエーションでも検索できるように、すでに動画の裏ですべて自動的に書き起こしまでされています。

 あとはそこから、生成AIを使って自動的に関連付けることができれば、「猫 魚 逃げた」と検索して、犬が魚をくわえて逃げたバージョンで解決できる動画が出てくる未来も近いかなと。

入山: AIによる多言語翻訳、曖昧検索などAIの活用の話が色々と出てきましたが、一番伝えたいのは、AI時代且つ現場が重要なこの時代だからこそ、現場の暗黙知をみんなが使えるような形式知にしていくことが大事ということです。

 AIも、基本的には暗黙知だけは持つことができません。現場で働く人の体の中に埋もれている暗黙知と、それを形式化したものとの間を往復しながら技術やスキルを高めていくことが重要で、ClipLineの提唱する動画経営はそれをビジネスとして体現しています。

 これからは現場の時代です。『暗黙知が伝わる動画経営』を読んで、ぜひ現場の力に活かしてもらいたいと思います。

iriyama_takahashi
この記事は、『暗黙知が伝わる 動画経営――生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(ダイヤモンド社刊)の刊行を記念して行われた対談セミナーから抜粋して記事化したものです。