日本発の経営理論である、野中郁次郎・一橋大学名誉教授による知識創造理論は、そのSECI(セキ)モデルにおいて、暗黙知と形式知の相互作用によって、競争力が生まれるという理論である。暗黙知とは、言語化や数値化が困難な各人の思いやノウハウ、コツ、物事のタイミングといった知のことだ。当然、他者への伝達も難しい。一方の形式知とは言語化、数値化され、伝達がたやすい知のことだ。このSECIモデルが回りにくいことが日本のサービスの生産性が低い理由のひとつなのではないか。この問題に正面から取り組んでいるのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。動画を知識創造理論に持ち込むことによって、SECIモデルが回り始めるというアイデアを解説する。

知識創造Photo: Adobe Stock

マニュアルがあっても暗黙知を形式知化するのは難しい

 暗黙知を形式知として表現するひとつの方法がマニュアルである。小規模店はさておき、多くのチェーン店においては本部が店舗内での作業マニュアルを作り、マニュアルに沿った店舗内教育が行われている。正確に言えば、行われていることになっている。

 しかし、実際に店舗を訪問して確認してみると、マニュアルは棚に置かれてホコリをかぶっていることが多い。また、教える側がマニュアルを使って指導しているシーンにお目にかかることはまずない。これはどういうことだろうか?

 教える側からすると、すでに慣れ親しんでいる業務だから、あらためてマニュアルを確認するまでもないと思っている。一方、教わる側は、マニュアルを見るよりも店長や先輩に身振り手振りを交えながら教えてもらうほうがよっぽどわかりやすい

 よって、教える側、教わる側双方のニーズとして、実はマニュアルを見る必然性がないということになる。

 さらに決定的な理由として、ここでは2つ挙げたい。

 ひとつは、業務のほとんどが身体動作を伴うことだ。動作を文字や絵で表現するのは非常に難しく、無理に表現した時点で多くの暗黙知が失われてしまう。

 もうひとつは、接客など対人業務では画一的な“手順”を決めることが難しく、臨機応変な対応が求められることである。

サービスの知識創造の難しさを乗り越えるために

 製造業と比べて新しい価値の源泉となる知識創造が行われにくいうえに、これも製造業と比較して、現場発の知が残念ながら個店(あるいは従業員本人および周辺)にとどまり、全社に行き渡らない。

 こうした問題を抱えるチェーンストア主体の日本のサービス業を救うべく私たちが作った動画活用ツールが、短尺動画システムABILI Clip(アビリクリップ)でもある(クリップとは1分程度の短い動画のこと)。

 動画には、お客様への挨拶の仕方、料理の作り方、機器の操作法など、サービスの現場で発生するありとあらゆる仕事の見本が、短く編集された形で収められている。

短い動画でできる4つのこと

 この短尺動画システムを導入した企業は、以下のような仕組みを利用することができる(ユーチューブやTikTokといった無料のシステムで実現できない機能が一部ある)。

その1 見本となる短尺動画を作成し、全店舗に配信する

 たとえば飲食チェーンで、料理の盛りつけに関する動画をクラウドにアップし、店舗スタッフに繰り返し視聴してもらう。動画の再生速度は遅くすることも、逆に速めることもできる。自分の確認したい箇所だけ、繰り返し再生することも可能だ。

 ちなみに私たちの会社のミッションは「『できる』をふやす」。正しい方法を「わかっている」だけでなく、実際に「できる」こと。「知識を習得させる」のではなく、「行動を変えさせる」ことを目指している。

その2 閲覧、撮影、投稿を指示する

 私たちの短尺動画システムでは、ToDoと呼ばれる宿題・カリキュラムをスタッフごとに設定することができる。(見本)動画を「視聴してください」という指示はもとより、動画で見た動作をまねてスマートフォンやタブレットで自撮りするか、同僚などに撮影してもらい、その練習動画を投稿させるタスク機能がある。

 見本の動画ではこうなっていたが、料理の盛りつけはこうするほうが確実においしそうに見える、という独自の技を持っているスタッフがいたら、短尺動画システムに投稿してもらう。そして本部が内容を精査して、素晴らしい技だと認めれば、それが新しい盛りつけ方の動画として共有されることもある。

その3 多様な人が練習動画にレビュー(評価・コメント)できる

 投稿されたToDoレポート(練習動画)を遠隔地にいる指導者が視聴し、内容を評価したり、コメントを付けたりすることができる。

 たとえば、「ありがとうございます」の言い方を練習したスタッフが自分の動画を投稿すると、その動画を見た店長が、「合格です」「声の張りが少し足りませんね。でもこの調子で練習してください」といったコメントを本人にフィードバックする。

 この機能によって、指導者が現場にいなくても、コミュニケーションをとりながらスタッフを教育することが可能になる。

 動画を視聴できる人の範囲は本部が自由に設定でき、店長や本部スタッフのみならず、近隣店舗のスタッフなども閲覧可能にすることができる。そうなると、「いいね」を付け合ったりするところから店舗間のコミュニケーションが生まれ、現場が活性化する。

その4 経営トップや、ある案件の直接の関係者がその場で語りかけているような、臨場感あふれる講話を投稿できる

 動画の対象になるのは、サービス業の現場に不可欠の身体的動作ばかりではない。社長による年頭方針の発表や、事業部長による新たな戦略の説明など、通常は文書を介して、あるいは対面で伝達される事項を動画に収録し、全社に配信することができる。

 さらには、新商品の開発者などが商品に込めた思いを語った動画を配信することで営業・販売担当者の新商品に対する愛着や期待感を育み、販売意欲を高めることができる。

SECIモデル

動画を使えばSECIモデルが回る可能性が生まれる

 短尺動画を使うと、サービスでもSECIモデルを存分に回すことができる。

 ある飲食チェーンで、スピーディで料理の見た目もよくなる具材盛りの方法をスタッフが考え出したとしよう。その盛りつけ法は、言葉で説明するのがとても難しい。目の前でやってみせるのが一番だ。その意味では暗黙知そのものである。

 それを見せられた店長が「すごいな」と感心し、「ここをこうすれば、さらにいいんじゃないか」とアドバイスし、その技に磨きがかかる。スタッフと店長の暗黙知が合体するわけだ。これは共同化に当たる。

 次に店長が、「せっかくだから、動画にして全社で共有してみないか」と提案。店長が撮影と編集を行って作成した動画をシステム上にアップし、社内の誰でもが見られるようにする。これは暗黙知の表出化である。

 そうした現場発の教材(形式知)を本部が複数組み合わせ、新しい教育体系をつくりあげると、連結化のフェーズに入る。

 動画の投稿および評価・コメント機能を存分に活用し、その技術やノウハウを各店のスタッフが実践・習得することで、お客様に「商品提供の速さ」「見た目の美しさ」という新たな価値を届けることが可能になる。その結果、客数が増えて売上げが伸びるので、店にとっては願ったりかなったりだ。

 しかもこの過程で、新たな学びを得て刺激を受けたスタッフが、バージョンアップした盛りつけ方法を考えつくかもしれない。つまり、形式知の実践が新たな暗黙知を生むわけだ。これが内面化であり、次の新たな共同化への移行ステップでもある。

*この記事は、『暗黙知が伝わる 動画経営――生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。