ひとくちにリーダーといっても、社長から現場の管理職まで様々な階層がある。抱えている部下の数や事業の規模もまちまちだ。自分の悩みが周りと同じとは限らず、相談する相手がいなくて困っている人も少なくないだろう。そんなときに参考になるのが、ゴールドマン・サックスなどの外資系金融で実績を上げたのち、東北楽天ゴールデンイーグルス社長として「優勝」と「収益拡大」をW達成した立花陽三さんの著書『リーダーは偉くない。』だ。本書は、立花さんが自身の成功と失敗を赤裸々に明かしつつ、「リーダーシップの秘密」をあますことなく書いた1冊で、「面白くて一気読みしてしまった」「こんなリーダーと仕事がしたい」と大きな反響を呼んでいる。この記事では、同書の一部を抜粋して紹介する。
「怒り」を抑えるのではなく、「怒り」を適切に表現する
「アンガーマネジメントが必要だ」
僕がこんな言葉を口にすると、知り合いの人たちは「どの口が言ってるの?」と訝しく思うかもしれません。なぜなら、僕は頭にきたら、それを正直に伝えるタイプだからです。時には、激しく怒ることもある。だから、「お前こそ、アンガーマネジメントを身につけるべきだろう?」と言われるに違いないと思うんです。
だけど、それは誤解だと言いたい。
いや、決して僕が「怒りをはっきりと表現する」ことに誤解があると言いたいわけではありません。「アンガーマネジメントって、怒りを抑えるってことでしょ?」となんとなく思っている人がいるように思うのですが、それが誤解ではないかと言いたいのです。
僕の理解はこうです。アンガーマネジメントとは、怒りを抑える技術ではなく、怒る必要のあるときに、適切な表現で相手にその感情を伝える技術である、と。そして、まだまだ未熟ではありますが、僕なりにそれを意識しながら、自分の感情と向き合っているつもりなのです。
リーダーこそ身につけるべきスキル
特に、リーダーにとって、このアンガーマネジメントは不可欠ではないでしょうか。
怒りの感情を制御できなければ、組織内に「反発」「恨み」などの感情が鬱積して機能不全に陥りますが、一方で、必要なときに怒りを表現できないようでは、組織の規律はあっという間に崩れ去るのではないでしょうか。アンガーマネジメントは、リーダーの生命線を握っているといっても過言ではないと思うのです。
もちろん、僕はまだまだ修行中です。実際、2012年に楽天野球団の社長になった当初は、社員たちが、「とんでもない社長が来たぞ。なんか怒ってばっかりいるぞ。どうするよ?」などと囁き合っていたのですから程度は知れています。
とはいえ、僕なりに「怒り」や「イライラ」の感情と向き合いながら、それを適切に表現しようと試行錯誤をしていたのは事実。そうでなければ、リーダーとして仕事ができないのだから、それが当然のことだと考えていたのです。
「怒り」を抑えるのは、自然に逆らうようなもの
僕のイメージはこんな感じです。
何らかの出来事に遭遇して、「怒り」や「イライラ」の感情が沸き起こってきたら、それを抑えつけるようなことはしません。
そんなの、そもそも無理な話でしょう。だって、そういう感情が沸き起こってくるのは、いわば自然現象のようなものなんですから。それを無理やり押し殺そうとするのは、自然に逆らおうとするのと一緒で、そんなことばっかりしていたら、ストレスが溜まりまくって、おかしくなってしまいますよね?
もっとも、すごく失礼なことをされたときであっても、仕事やプライベートで継続的にお付き合いをしているわけではない相手に対しては、「怒る」というエネルギーをかけることはしなくなりました。だけど、継続的な関係性のある相手に対しては、僕のなかにネガティブな感情が沸き起こったことを伝えることこそが、人間関係を建設的なものにするために大切なことだと思うのです。
とはいえ、自然な感情だからといって、それをそのまんまぶちまけていたら組織は壊れてしまうでしょう。
だから、置かれた状況に応じて、その感情をさらに増幅させて怒ってみせたり(つまり、怒る演技をする)、抑制的にそれを伝えたりといった形で感情をマネジメントする。いわば、テレビ音声のボリュームを操作するようなイメージで、感情をコントロールするわけです。
僕がいつも「オープンな場所」で怒った理由
第一に、僕が意識していたのは「公開性」です。
僕は、よほど機密性の高い事柄でなければ、基本的に職場のみんなに聞こえるように「怒り」を表現するようにしていました。
もちろん、僕が直接怒るのは部長級の人間であるうえに、怒られることに耐性のある相手にしか「怒り」を表現することはしませんでした。その前提のうえで、僕はなるべくオープンな場で「怒り」を伝えるようにしていたのです。
それには、いくつかの理由があります。
第一に、リーダーが「何に対して怒るのか?」を明示することで、組織の方向性をみんなに共有できるからです。
たとえば、僕は、「お客さまや取引先から苦情が入った」といったネガティブ情報を隠したり、「嘘」をついたりしたときには、沸き起こった「怒り」を、ほとんど手を加えることなくそのまま表現しました。場合によっては、「怒り」のボリュームを上げて、「激怒している」という演技をしたこともあります。
なぜなら、こうした情報の「隠蔽」や「嘘」を放置すれば、間違いなく組織を危機に陥れることになるからです。
会社が外部の方に迷惑や被害を与えたような場合には、いかにすばやく適切な初動を行うかが決定的に重要です。そのためには、とにかく問題が発生したときに、躊躇なくリーダーである僕にまで情報が届かなければなりません。これこそが、組織の「生命線」と言っても過言ではないのです。だから、「隠蔽」や「嘘」があれば、僕は「激しい怒り」を演じたのです。
「一貫性」こそが、リーダーの生命線
一方、ネガティブ情報が上がってきたら、その問題を引き起こした原因究明や責任追及は後回しにして、即座に問題解決に集中するようにしていました。もちろん、そこに「誰かを怒る」ような暇も余裕もありません。そんなことよりも、とにかく情報収集と問題解決に全精力を注ぎ込むわけです。
もちろん、「なんで、こんな問題を起こすんだ」といった感情が全く起きないと言えば、それも嘘になります。
だけど、その感情を表に出してしまうと、社員のなかに「ネガティブ情報を報告するのを躊躇する気持ち」が生まれてしまうでしょう。だから、この「感情」のボリュームは最小限に下げて、むしろ、「ちゃんと情報を上げてくれたことを感謝すべきだ」と、自分に言い聞かせていました。
このように、ネガティブ情報を「隠蔽」したり、「嘘」をついたりしたときには全員が見聞きしているオープンな場所で「強い怒り」を伝え、ネガティブ情報を躊躇なく「報告」してくれたときには、同じくオープンな場所で「感謝」を伝えることによって、「ネガティブ情報は即座に報告する」のが当たり前の企業文化が育まれていくのだと思うのです。
そこで重要になるのが「一貫性」です。
当たり前のことですが、リーダーがそのときの気分で「怒っている」ようでは、組織の動き方に一定の方向性を与えることなど不可能だからです。「隠蔽」や「嘘」が発覚したときには、必ず「怒る」という「一貫性」があるからこそ、メンバーはそこに明確な意思を読み取って、それに対応しようとしてくれるのです。
社員の気持ちに寄り添うために「怒る」
もうひとつ、「オープンな場所で怒る理由」をお伝えしておきましょう。
それは、一部の社員の心情に寄り添うためです。どういうことか、エピソードをご紹介しながらご説明したいと思います。
ある年のシーズンオフのことです。
外国人選手の獲得交渉が大詰めを迎えていました。
国内の複数の球団が獲得に乗り出していた「注目の選手」で、一時は他球団有利の報道も出ましたが、粘り強く交渉した結果、その選手の気持ちは徐々に、楽天野球団へと傾いていきました。
そこで、僕は「もう大丈夫だろう」と考え、「詰め」の交渉をスカウト部長だった安部井寛さんに任せました。
とはいえ、いまだ争奪戦は続いており、ある球団が、楽天野球団をはるかに上回る金額でのオファーを出しているという情報も入っていました。当然、その外国人選手も、他球団の提示額を材料に、年棒の上積みを求めてきます。
そのため、最終交渉のためにアメリカに渡った安部井さんは、僕が事前に了承していた年棒に無断で金額を上乗せをして、なんとか口頭合意に成功。喜び勇んで帰国した彼は、満面の笑みを浮かべながら僕のデスクにやってきて、こう報告しました。
「いやぁ、予算をちょっとオーバーしちゃいましたけど、なんとか口頭合意を取り付けることができました!」
僕は、もちろんムッとしました。
口頭合意とはいえ僕が事前に伝えた金額を、何の相談もなく大幅にオーバーさせるのは明らかにNG。しかも、悪びれる風もなく……。彼のそういう陽性な性格は大好きですが、これはさすがにTPOを意識しなさすぎでしょう。
「その金額のどこが『ちょっと』なんだ!」
しかも、「これはマズい!」とも思いました。
なぜなら、職場には、日々、売り上げを立て、利益を出すために、必死で走り回っている事業部の人間がたくさんいたからです。彼らは、利益を出すのがどれほどたいへんなことかを骨身に沁みてわかっています。
もちろん、彼らはそんなことは口には出しませんが、「外国人選手と契約するために、ポンッと大きな金額を上乗せにするって、どういうこと?」と思うに決まっています。
これをスルーしたら、部門間の「心理的な壁」が分厚くなりかねない……。そう思った僕は、ここは「怒り」のボリュームを少し上げたほうがいいと直感。安部井さんに対して、こう一喝したのです。
「その金額のどこが『ちょっと』なんだ!」
本当のことを言えば、難しい交渉をまとめてきたことについて、労いの言葉をかけるべき場面でもありましたから、温厚な安部井さんも「え? なんで?」と驚いたような表情をしました。
だけど、僕は、事業部のメンバーのなかに、安部井さんに対する悪感情が生まれないようにと思って、次のように畳みかけました。
「『ちょっとオーバーしちゃったけどまぁいいか』程度に考えているのなら、お前がその金額を稼いでこい!」
さすがの安部井さんも、これには腹が立ったのか、「わかりました、稼ぎますよ!」と啖呵を切って引き上げていきました。
「今頃、俺の悪口言ってんだろうな……」と思っていましたが、あとで聞いてみれば、スカウト部の同僚を誘って馴染みのお蕎麦屋さんに行って、「あれだけの金額、どうやって稼いだらいいんだろう」と作戦会議を開いていたといいます。
あえて「怒り」のボリュームを上げる理由
そして、実際に彼らは、事業部と連携しながら、チケットを売ったり、獲得した外国人選手のグッズを企画したり、無断で上乗せした金額の「穴埋め」をしようと努力してくれたのです。
このような姿勢を目の当たりにした事業部は、スカウト部に対して信頼感をもつようになりました。しかも、心理的な距離が近づいたことで、両者のコミュニケーションの「質」も上がったようで、お互いの「仕事の大変さ」を思いやりつつ、協力し合うような機運が生まれていったのです。
もちろん、このような展開になったのは、スカウト部と事業部のメンバーたちの人柄がよかったからですが、僕が、あえて「怒り」のボリュームを上げて一喝したことも功を奏したのではないかと密かに思っています。
このように、僕は、「オープンな場所で怒る」ことを基本とするとともに、状況に応じて、自然と湧き上がった「怒り」の感情のボリュームを上げたり、下げたりすることで組織運営に活かしていきました。それが、僕なりの「アンガーマネジメント」なのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)