多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

部下との会話を「盛り上げよう」としてスベる上司が、気づいていない「決定的な過ち」とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

相手が「話したいこと」を聴くのが「傾聴」

 当たり前のことですが、「傾聴」とは、相手の話に耳を傾けることです。

 ですから、相手が「話したい」「誰かに聴いてほしい」と思う話題を選らんでもらうことから「傾聴」はスタートします。

 ところが、1on1のような場面で、「どんなことでも自由に話してください」と言っても、部下が何も話してくれないのはよくあることです。

 そんなときには、「例えば、取引先との間での悩みや、逆にうまくいったこと」「例えば、マラソンで完走しました! という話」「例えば、ご両親が認知症で施設に入ってしまい気掛かりだという家族の話」というふうに具体的に話題を例示するといいでしょう。すると、「あ! そいういえば!」などと相手の頭の中に「話題」が浮かぶことがあります。

最初の5分間はなるべく「質問」をしない

 そして、話題が決まったら、最初の5分程度は「壁打ちの壁」になります。

「傾聴」というと「質問」をして、相手の話を引き出すというイメージがありますが、ここではあまり「質問」をしてはなりません。「質問」は、極力ゼロに近づけるのが正解です。

 ところが、ここで多くの人が「質問」をしすぎてしまいます。特に、コーチングを習いたての新米は「質問をしすぎてしまう」傾向があります。学んだ「質問」を使いたいがために、自分の興味関心から「質問」を多用してしまうのです。あるいは、相手の話を盛り上げようとして、あれこれ「質問」してしまう人もいますが、これも往々にして失敗してしまうでしょう。

 例えば、相手が「映画に行きました」と言うと、すぐに「何の映画?」「どこの映画館?」「誰と行ったの?」と質問してしまう。しかし、これが「傾聴」を台無しにしてしまいます。なぜなら、相手は、その「質問」に答えなくてはならなくなり、本当は自分が話したかったことを話せなくなってしまうからです。

話し手「この前、久しぶりに映画に行ったんですよ!」
聴き手「へぇ、何の映画?」
話し手「あ、えーと。スター・ウォーズなんですけど……」
聴き手「あれ、おもしろいよね! 僕も観たよ。うちにDVDも全部揃えてあるよ」
話し手「あぁ、そうなんですね。すごいなぁ」(話したいことが話せずにしょんぼり)

 このように、せっかく相手が話をしてくれようとしたのに、聴き手が「質問」をすることで、「話の行き先」を限定してしまうのです。

「質問」をせず、相手の話を「促す」

 だから、話の序盤5分ほどは、なるべく「質問」をせず、相手の話を「促す」ことに徹するのが正解です。それを「述語的会話」と言います。「述語的会話」というと難しそうですが、「それで、それで?」「続けてください」「もう少し詳しく教えてください」という3つの言葉を使うだけで十分。こちらから積極的に「質問」するのではなく、「述語的会話」によって「壁打ちの壁」に徹するわけです。すると話し手は、こちらの想像を超えた話を展開してくれることがあります。例えば、こんな感じです。

話し手「この前、久しぶりに映画に行ったんですよ!」
聴き手「ほぉ、映画ね。うんうん。それで、それで?」
話し手「家から電車で行ったんんですが、そうしたら電車の中でバッタリ20年ぶりくらいに高校の友だちに会ったんです。『どこ行くの?』って訊いたら映画っていうんですよ。しかも、僕と同じ映画で同じ映画館! こんなことあるんですねぇ。それで一緒に映画を観て、その後二人で飲みに行ったんです。いやぁ楽しかったなぁ」

 このように、「述語的会話」に徹することで、相手が自由に「自分が話したいこと」を話してもらえるようにするのです。「質問」をすることで、話の「行き先」を限定するのではなく、話し手が自由に話せるように、聴き手は広く構えておく必要があるのです。

 話し手は、序盤の5分間は自分でも何を話したいかわからない、「曖昧な状態」で話し始めます。そして、話しているうちに、徐々に自分が言いたかったことの意味を発見し始めます。例えば、上記の話し手は、もしかすると、サラリーマンになってから、仕事に追われて、高校時代の友だちなど、心置きなくつきあえる仲間との関係が疎遠になっていることを、とても寂しく思っていたことに気づくかもしれません。

 そのように、話し手の話の「行き先」が確定したら、はじめて「質問」によって。相手の真意を深く掘り下げていきます。これが、「よい傾聴」をするための非常に重要なポイントなのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。