「人生を一変させる劇薬」とも言われるアドラー心理学を分かりやすく解説し、ついに国内300万部を突破した『嫌われる勇気』。「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」などの教えは、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
本連載では、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、読者の皆様から寄せられたさまざまな「人生の悩み」にアドラー心理学流に回答していきます。
今回は、「いま、ここを生きる」というアドラーの教えをどう解釈すべきか悩む方からのご相談。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と喝破するアドラー心理学を踏まえ、岸見氏と古賀氏が熱く優しく回答します。
いま、自分にできることとは?
【質問】『嫌われる勇気』に出てくる「いま、ここを生きる」という言葉には、「いまやりたいと思ったことをすぐにやる」という意味が含まれていると思います。でもそうなると、焦って生き急ぐようになってしまう気がします。「いま、ここを生きる」に焦りを感じないためには、どうすればよいでしょうか。(20代・女性)
岸見一郎(以下、岸見):少し大雑把な言い方になりますが、人生には三つのことしかないと思っています。一つは「するべきこと」。二つ目が「したいこと」。三つ目が「できること」。このうち「できること」にスポットを当てて欲しいのです。今日、自分には何ができるのかを考え、今日のうちにできることをやっていく。
「するべきこと」はもちろんあります。「したいこと」もあるでしょう。ただ、少なくとも今日できないことを「するべきだ」とか「したい」と思えば焦ってしまい、生き急ぐことになると思います。今日が無理なら明日にはやらねばと、常に先を考えてプレッシャーを感じてしまう。
だからそれらはいったん脇に置きましょう。まずは今日できることはないだろうか、と考える。
僕はこのように「いま、ここを生きる」ことに焦点を当て、それを実践するようになってから、生き急ぐことなく、毎日を丁寧に生きられるようになりました。少しも焦らなくなったのです。
明日のことなんてわかりません。明日も未来も端的に言えば「ない」のです。ない未来を思って不安になる必要はありません。今日一日を丁寧に生きることを考えれば、生き急ぐことはないのではないでしょうか。
古賀史健:生き急ぐというのは、イメージでいうとダイナマイトの導火線に火がついていて、その火がだんだん迫ってくる、爆発するまでに全部やらなければ、そういう気持ちだと思います。ですが、たぶんその導火線に火はついていないんです。
やるべきこと、やりたいことを今すぐやらねばという気持ちは、未来があることを前提にして考えているのだと思います。長い人生というものを想定し、それをぐっと凝縮させて今やるべきことを考えるような発想。
でも、過去も未来も存在しない、いま、ここだけを生きようと考えれば、その発想から少しずつ離れられるかもしれません。つまり、時間の流れで物事を考えるのをやめてみるのです。『嫌われる勇気』のなかに、「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てていれば、過去も未来も見えなくなるはず、という趣旨の哲人の言葉があります。
いったん時間という軸から離れてみてはいかがでしょう。我々は人生の年表を思い浮かべ、いま自分はこのあたりにいるなどと考えがちです。そうではなく、何もない白地図のなかにポツンと自分はいる。さて、いまの自分にできることは何だろうと考える。そんな発想になれたらいいのかなと思います。
岸見:たとえば友人と約束をしていたのに、遅刻をしそうになって大急ぎで家を飛び出したとします。ところがスマートフォンを忘れてしまい、相手に連絡ができない状態で電車に乗ってしまった。乗っているあいだ、はたして友人が待っていてくれるだろうか、遅刻に腹を立てて帰ってしまったのではないか、電車の中でそんな思いを巡らすでしょう。けれど、どれだけ心配しても、電車は1秒たりとも早く目的地に着いてはくれません。
生き急ぐというのはそういうことです。いまはできないのに、やりたいとかやらなければと思って焦ってしまう。でも、できないのであれば仕方ないのです。駅に着いてから待ち合わせ場所に急ぐしかない。電車に乗っているあいだは、たとえば窓の外の景色を見て楽しむ。そのように考えて生きていくのがよいと思います。