職場に行くだけで疲れ果て、週末は寝ているだけで終わってしまう。体力が回復する間もなくまた月曜日……。人生100年時代、こんなストレスフルな日々がずっと続くのかと、不安になっている人も多いのではないだろうか。
そんなときは、先人の知恵に力を借りてみよう。101歳、現役の化粧品販売員として活躍している堀野智子(トモコ)さんは、累計売上高は約1億3000万円で、「最高齢のビューティーアドバイザー」としてギネス世界記録に認定された。佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)が「堀野氏の技法は、ヒュミント(人間による情報収集活動)にも応用できる」と絶賛したことでも話題である(日刊ゲンダイ・週末オススメ本ミシュラン)。
本連載では、キャリア61年のトモコさんが、年をとるほど働くのが楽しくなる50の知恵を初公開した『101歳、現役の化粧品販売員 トモコさんの一生楽しく働く教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋し、日常生活に活かせるエッセンスを紹介する。第3回目のテーマは「心が折れてもすぐに回復できる人の共通点」だ。(文/川代紗生、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)
「一度怒られると立ち直れない人」と「すぐに切り替えられる人」の違い
「自分はなんてダメな人間なんだ」と落ち込んでしまう日が、誰にでもあるだろう。
たとえば、仕事を抱えすぎていっぱいいっぱいになってしまっているにもかかわらず、誰にも相談できず、結果としてトラブルに発展してしまったとき。達成したかった目標が、あと一歩のところで達成できなかったとき。
あるいは、理不尽な理由で「お前に責任がある」と怒鳴りつけられたものの、上司に言い返せなかったというパターンもあるかもしれない。
私も、自分は精一杯やったと思いつつ、いざ上司に叱られると、「申し訳ありません」と謝ることしかできなかった、という場面がよくあった。
そんなとき、ずーんと落ち込んだままでメンタルを回復できない人もいれば、さっとすぐに気持ちを切り替えられる人もいる。
心が折れてしまったとき、胸の中に居座るモヤモヤを、どうすれば手放すことができるのだろうか。切り替えが早い人は、どのように心の整理をつけているのだろうか?
101歳、堀野智子さんから学ぶ「心の切り替え術」
ここで参考にしたいのが、101歳にして現役の化粧品販売員・堀野智子さんによる「一生楽しく働く教え」である。
堀野さんは、1962年、39歳のときにポーラのセールスレディとしてデビューし、キャリアはなんと61年。累計売上高は約1億2670万円であり、2023年8月には「最高齢の女性ビューティーアドバイザー」として、ギネス世界記録にも認定されたという。
終戦直後の1946年に結婚、出産を経験し、食べることもままならない生活を送っていた時期もあるという堀野さん。
本書には波瀾万丈な人生遍歴が綴られているが、その筆致は軽やかであり、暗さをまったく感じさせない。どのページを開いても、明るく楽しげな雰囲気が漂っているのである。
予期せぬトラブルにも動じない1つのコツ
そんな堀野さんは、理不尽なこと、想定外のトラブルが起きても動じないようになったという。
たとえば、こんなエピソードがある。
セールスレディとしてトップクラスの営業成績を出し続けていた堀野さんは、営業所の所長に抜擢された。管理職としてスタッフの採用や教育などにも力を入れ、営業所チーム全体としての売上も上がってきたちょうどそのころ、仕事を辞めなくてはならなくなった。
理由はなんと、夫の定年退職。
「ただ、長い時間家を留守にするような働き方はしてくれるな。ついては営業所長はやめて欲しい」と、こうきました。
要は、仕事をやめてひとりぼっちで長い時間家にいるのは、寂しいし耐えられない。だから一緒にやめようよ、僕をひとりぼっちにしないでよ、ということだったのでしょう。
これには、さすがの私もガックリきました。(P.146)
現代との考え方の違いもあるのだろう。結局、堀野さんは反論することも思いつかず、「主人がそう言うなら仕方ない」と、その提案を受け入れたという。
私ならいつまで経っても「本当はもっと続けたかったのに」とうじうじしてしまいそうだが、ところが、堀野さんはやはり明るく、すぐに切り替える。
トラブルを乗り越えるためのコツとして、堀野さんは「失ったものを数えるより今手にしているものを数えるほうがいい」という考え方を大事にしているそうだ。
そうなると営業所全体の売り上げを気にしたり、スタッフを雇い入れるのに心を砕いたりすることなく、自分がお客様とどう関わっていくかということだけに集中すればいい立場は、決して悪いものではなかったのです。(P.150-151)
堀野さんはこの出来事について、「むしろ、初心に帰ることができてよかった」とまで語っている。
「損失回避バイアス」に対抗しよう
人間の脳には「損失回避バイアス」という認知の歪みがあるという。「何かを得る喜び」と「何かを失う痛み」を比較したとき、後者の方をより敏感に感じ取ってしまうそうだ。
「失敗や喪失を避けたい」という強い欲求がゆえ、損失に固執し、それを回避するためにはどうしたらいいか、ということばかり考え続けてしまう。
堀野さんの「失ったものを数えるより今手にしているものを数える」とは、人間が持つ弱さとも言うべき、「損失回避バイアス」に意識的に反抗するやり方なのだ。
「これ以上の失敗をしないために、どうしたらいいか」とネガティブなことにばかり注目していると、せっかく目の前にある良いことや新しいチャンスに気づけなくなってしまう。
失敗すると、そのことばかり頭に浮かび、「なんであんなことをしてしまったんだろう」と後悔に囚われてしまう。
一度失ったものに目を向けると、なかなかそこから抜け出せない。しかし、堀野さんはそのようなバイアスに振り回されることなく、「今、あるもの」に目を向ける力があるのだ。
堀野さんが、本書でたびたび強調しているフレーズがある。
それは、「『今日も無事に過ぎた』と思えれば十分」という言葉だ。
その日1日、自分がやれることをやって、「ああ、今日も無事に過ぎたな」と思えればそれで十分だと思います。(P.59)
堀野さんは一度失敗してもそれに固執せず、「今、自分ができることは何か」に意識を切り替えている。
営業所長を辞めざるを得なかったときも、「もう自分には価値がない」と思うのではなく、「新しい状況でどう生きるか」に目を向けた。結果的に、そこから見えてくる新たな喜びや意味を見出していったのだ。
失敗にばかり目を向けてしまう自分の弱さがいやになったときには、「今日も無事に過ぎたで十分」という合言葉を唱えてみてはどうだろう。
心がふわりと軽くなり、毎日を心地よく乗りこなせるようになるかもしれない。