もし、誰かが集まりに出てこなかったら、必ず誰かが見に行きます。病気で寝込んだらみんなで役割分担をして、世話を交互にしていきます。みんながお互いを見守っているので、この集落で孤独死はありません。都会で暮らす私からすればありがたい、温かみのある社会に見えます。

 しかし、鵜養に住む高校生たちは「この村にはプライバシーがない。一刻も早く東京に出て行きたい」と言います。確かに、みんなが見守り合う温かい社会には、煩わしい人間関係も必ず付いてきます。この“煩わしいけど温かい社会”が、農村の暮らしなのです。

 そもそも、かつて日本のほとんどは農民や百姓と呼ばれる人々で、みながこの“煩わしいけど温かい社会”で生きていました。明治初年度の人口調査では3300万のうち3000万人、つまり9割がお百姓でした。農山漁村に住み、作物を作ったり、魚を獲ったりしながら、自分の家族や自分の住んでいるコミュニティで生きていました。

 自然の成長量に合わせて生きていく集落では、当然、人が自然に合わせることになります。自然は誰にでも共通で、平等で、公平です。季節のテンポに合わせて、食料を得てきたのが農村の暮らしです。