小さな変化に着目して
発想の転換を生み出す
熊田という医師もまた、平坦な道を歩んできたのではなかった。
小、中、高と岐阜で過ごした。優秀な少年がそのまま地方の医大をめざしたのも当然であった。岐阜大学医学部を卒業すると、虎の門病院病理学科で研究に携わったのち、同病院の消化器科に移り、臨床医となった。
1979年、熊田は63歳の女性患者の症例に、ふと不審なものを認めた。この患者は慢性肝炎で、従来の治療法であるステロイドをずっと投薬していた。だが、その病態にある変化が見られた。ふつうなら見過ごしてしまうようなことだが、変化を熊田は見逃さなかった。そしてある日、彼女のからだからe抗原が消えていることに驚いた。
なぜだろう?
熊田は必死で追跡検査をした。漢方薬でも飲んでいるのか。いろいろ調べた結果、その患者は入院中は看護師が配るからステロイド剤を飲んでいたが、退院後に飲むのをやめ、退院してからいっさい飲んでいないことが判明した。
治療薬を飲むのをやめて、逆にe抗原が消えた。いったいなぜだろう。
研究者としての熊田はきわめて綿密、しかも細心であった。
急性肝炎は治るが、慢性肝炎は治らない。退院した慢性肝炎の女性が治ったのは、ステロイド剤をやめたために、逆に免疫力がついてe抗原を消すことができたのかもしれない。