もしこれが「じゃあなんでお前は頭が悪いままなんだよ!」みたいなツッコミだったら、全然面白くないと思うのだ。

「早く読めよ」が素晴らしいのは、このように言うことで、ボケとツッコミの間に挟まる「推論」の存在が示唆される点だ。つまり、長谷川さんのボケを聞いてから渡辺さんがツッコむまで、渡辺さんの頭の中で次のような推論が行われていることになる。

(1)もし長谷川が「頭が良くなる本」を読んだならば、長谷川の頭は良くなっているはずである。

(2)しかし、明らかに、長谷川の頭は良くなっていない。

(3)ゆえに、長谷川はその本を読んでいない。

「早く読めよ」

 これは、論理学の用語で「モーダストレンス」と呼ばれるタイプの推論である。

 渡辺さんは「早く読めよ」と言うことによって、自分の頭の中でこのような推論がなされたことを観客に伝え、その中で「長谷川の頭が良くなっていないのは誰から見ても明らかである」ことまで暗に伝えている。

 またこれは同時に、渡辺さんの頭の回転の速さも示す。長谷川さんの底抜けのバカっぷりと渡辺さんの知的な佇まいのギャップは錦鯉の魅力の一つだが、それを象徴するかのような印象的なくだりである。

類書:『言語学バーリ・トゥード——Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』